いらっしゃいませ!
名前変更所
2日ぶりの神室町。
長時間の長旅で身体が疲れたのか、私は思った以上に体力を消耗していた。
でもここで、弱音を吐くなんてことは出来ない。
まずは桐生と一緒に東城会に戻って、これからのことを弥生姉さんと・・・・。
「・・・おい!?」
考え事をしていると、狭山が急にふらついて倒れた。
慌てて桐生が身体を支えるが、どうも狭山の顔色が優れない。
やっぱり、体調悪いんじゃねぇか。
私はそっと狭山の額に手を当て、感じた体温の熱さに慌てて薬を取り出した。
すごく熱い。これは相当本人も辛いはずだ。
「お前、すごい熱だぞ・・・!?一旦この薬を飲め!解熱剤だ」
「そんなの・・・いらない。少し休めば良くなるわ」
「・・・そうか」
「ってちょっと!?やめてよ、恥ずかしいじゃない!!ねぇ!?」
桐生は深いため息を吐き、そのまま狭山を姫抱きにして歩き始める。
もちろん狭山は文句を言うが、桐生は利く耳持たずに狭山を無視し続けた。
向かう先は、大体分かる。
たぶんセレナに向かうつもりだ。
あそこなら誰にも使われてないだろうし、私のアジトも近いから、色々と調達出来る。
「あけ、とりあえずセレナに・・・」
「ん、了解」
出来るだけ目立たないよう神室町を移動し、セレナがある路地へと入った。
セレナはあれから営業していないが、電気ぐらいは通ってるんじゃないだろうか。
そう思った私は桐生より先にセレナへ入り、ブレーカーのスイッチを上げた。
その瞬間、バンッ!という音と共に電気がじんわりと灯る。
「お、やっぱ電気通ってたか。見えるか?桐生」
「あぁ・・・助かった。ありがとう」
狭山をソファに寝かし、奥にあった毛布を引っ張ってきてかけてやった。
顔色が明らかに悪いこの状態じゃ、しばらく休ませるしかないだろう。
さて、その間私たちはどうする?
その疑問を投げかけようとした時、桐生は独りでに店から出ようとしていた。
急いで私も後を追い、引き留める。
「ま、まった!東城会に報告しに行くんだろ?私も行く!」
「ダメだ」
「っ・・・なんで!私も行って弥生姉さんに挨拶を・・・!」
「お前も顔色が優れない。・・・これから忙しくなるんだ。寝てろ」
確かに、傷が深かったこともあって、身体がダルイのは事実だった。
でもそんなので引き下がるほど、私は弱々しい身体をしてるわけじゃない。
この前も弥生姉さんに挨拶出来なかったんだ。
せめて一度は会って、挨拶だけでもしておきたい。
決して引き下がろうとしない私に、桐生は深いため息を吐き、ふと優しい笑みを浮かべた。
「桐生・・・!」
「しょうがないな・・・お前は本当に・・・」
「今更だろ?そんな・・・のっ・・・!?」
笑顔のまま、勢いよく腕を引っ張られ。
そのまま強引な口づけをされ、私は動きを止めた。
「んっ、ん・・・!」
「・・・なぁ、あけ。・・・俺の言うことが、聞けるか?」
「は、ぁっ・・・待てよ桐生。私は平気だって・・・・ん!!」
また、唇を塞がれる。
桐生の口づけはいつも強引で、甘くて、壊れてしまいそうになるから苦手なんだ。
散々深く口づけられた私は、荒い息を吐きながらギブアップを宣告する。
もう、無理だ。ただでさえこういうの慣れてる桐生に、勝てるわけがない。
「はっ、ぁ、悪かった、って、言うこと聞く、から・・・っ」
「最初からそうしてればいいんだ」
「ったく・・・心配性なんだよ桐生は」
「お前がそうさせてるんだ・・・」
それとも。
低い声が耳を掠め、私はビクッと身体を震わせた。
逃げようにも腕を掴まれたままのせいで、良いようにされてしまう。
「・・・こういうことされたくて、ワザと無茶してるのか?」
耳たぶにそっと舌が這うのを感じ、首を振って抵抗することしか出来ない。
「あ、やめ、馬鹿っ・・・!」
「フッ・・・じゃあ、俺は報告しに行ってくる」
「・・・変な奴に絡まれるなよー」
「あぁ。狭山を頼んだ」
本当は隠れてでも弥生姉さんには一度会っておきたかった。
私を良く面倒見てくれた人であり、私の本当のお姉さんのような存在だから。
でも今の私には、体調を整えることの方が必要だった。
まずは久しぶりのアジトに帰って、必要な薬やらお金やらを準備する。
そしてすぐにアジトから出ると、狭山が寝ているセレナに戻って薬の調合を始めた。
「・・・・苦しそうだな」
高熱ってほどでもないが、傷に加えてこれじゃ大変なのには変わりない。
とりあえず痛み止めと解熱剤になるようなのを持ってきたから、これを飲みやすいように調合してやろう。
見た目が悪いと文句言われそうだし、味と見た目も少しは良くなるように気を付けておくか。
桐生が風邪を引いた時に持って行った薬が悪評価だったことを思い出した私は、セレナの厨房にあった道具で器用に薬を混ぜていった。
「解熱と・・・。あとは、そうだな・・・栄養剤も欲しいな」
解熱と、熱と痛みに打ち勝つだけの体力。
出来るだけ見た目が不気味にならないよう作った薬は、最終的に普通の栄養剤のような色へと変化した。
よし!結構おいしそうな色になったぜ!
これなら文句ねぇだろ。
自信満々にコップに入れてそれを持っていくと、寝ていた狭山が真っ青な顔で身体を起こして座っていた。
慌てて駆け寄り、熱の具合を確かめる。
「・・・おい。まだ熱いじゃねぇか。寝てろ」
「・・・このぐらい、平気・・・よ」
「ダメだ。熱だけならまだしも、まだ傷跡が残ってるんだ」
「それはあなたも、同じでしょう」
「あー!うるせぇ!つべこべ言わずにこれ飲め!早く動きたいんだったら飲め!」
最初は断っていた狭山も、体調不良には敵わないのか、渋々私の薬を飲んだ。
そして私自身も体調を整えるため、自分の薬を一気に飲み干す。
あんまり自分の薬を自分に使うことはしたくないんだけど。
素材が高かったり、手間がかかってて勿体ないからな。
でもこの状況じゃ仕方ないと言い聞かせ、飲み干したコップを机に放り投げた。
「あー・・・微妙な味。これは改良が必要だなぁ・・・」
「これ、貴方が作ったの?」
「そうだよ。・・・別に変なの入れてるわけじゃねぇから安心しろよ。ま、警察にとってはちょっと微妙なものかもしれねぇけどな」
薬剤師としての知識があっても、正規の材料を使ってない私の薬はグレーゾーンに近い。
狭山は少し嫌そうな顔をしながら、別に気にしてないと言ってコップを机に置いた。
「んで、身体はどうだ?」
「・・・飲んでから少し、楽になったわ」
「治ったわけじゃねぇから無理するなよ?即効性の解熱剤が入ってるから楽になってるだけ、だからな」
「・・・そう」
冷たい表情。
私たちのことを利用はしたいけど、関わりたくはないって感じがする。
でも確かに、ヤクザ風情にお礼なんて言わないとか、色々言ってたし。
私たちみたいなのが嫌いなのは、何となく分かっていたことだった。
無言と、ちょっと苦しそうな息遣いだけが響く空間。
こういう空間が苦手な私は、奥にシャワー室を見つけてそそくさとそこに逃げ込んだ。
「はー。息苦しい」
電気は通ってたけど、さすがにお湯は通ってないか?
そう思って捻ったシャワーから、熱いお湯が流れ出してきて、思わず悲鳴を上げかける。
「っおお・・・!?な、なんだ。お湯も出るのかよ」
私はアジトでシャワー浴びたり出来るから良いとして。
狭山はここで一旦、シャワーを浴びさせた方が良いだろう。
あれだけ熱で苦しんでたんだ。
汗をかいてても不思議じゃない。
「狭山ー?シャワー出るみたいだけど、入っといたほうがいいんじゃねぇ?」
「・・・お湯が出てるの?」
「あぁ」
「でも着替えがないわ。さすがに下着がないと・・・」
「あー、じゃあ、桐生に買いに行かせようぜ」
「・・・・貴方、あの男とどういう関係なの?有名な情報屋なことは知ってるけど・・・伝説の極道とまで呼ばれたあの男に、そんな親しく・・・」
さすがは四課。
私たちの情報はしっかり調べてあるらしく、その関係性に疑問を抱いたらしい。
普通なら情報屋と極道ってのは、その仕事上仲良くなることはあっても、一部と仲良くなることは滅多に無い。
感情に流されて、通常営業が出来なくなる可能性があるからだ。
大阪で色々と汚い部分を知っている狭山なら、それも分かっていることなのだろう。
「んー、私アイツの専属の情報屋みたいなもんなんだよ」
「そう。そしてあの男の女でもあるのね」
「・・・・」
「あら、貴方でもそんな表情するのね?貴方達の会話を見れば、男女の関係であることぐらいは分かるわ」
「・・・そ、そうかよ・・・なら聞くんじゃねぇよ・・・・」
「ちょっとからかってみただけよ。じゃあ、下着頼んだわね」
「からかっ・・・!?」
こ、こいつ・・・!!
冷静な表情のまま好き勝手言われた私は、悔し紛れに舌打ちすることしか出来なかった。
何なんだよ、アイツ。
人のことを下に見やがって。
体調悪そうだから少し優しくしてやったらこれかよ。んの野郎!
・・・でも、頼まれちまったからにはしょうがない。
「桐生一馬・・・っと」
携帯を取り出し、桐生の携帯に掛ける。
話し合いはもう終わっていたのか、もののワンコールほどで出た桐生に、私は早速要件を伝えた。
「あ、桐生?わりぃんだけど女性ものの下着買ってきてくれねぇ?」
「・・・おい」
「お、お、怒るなよ・・・しょうがないだろ?狭山が汗かいてて、このままじゃ治るものも治らねぇし・・・頼むよ、な?」
「はぁ・・・お前なぁ・・・」
「あ、あとビールとかもお願い!私も浴びるから、風呂上りのビール!」
「・・・・帰ったら何されても文句言うなよ」
「えっ!?いいい、いや、あ、や、やっぱ嘘!タンマ!!待って!!!」
切れた。
私最近、ずっと桐生に怒られてばっかなんだけど。
ふて腐れながら携帯を置き、私もシャワーを浴びようと、別の部屋にあるシャワー室へと向かった。
大阪でお泊りする分で持ってきていた下着を身に着け、タオルを巻く。
そしてシャワー室から出ると、既に出ていた狭山がタオルだけを巻いた状態で椅子の上に座っていた。
「勝手に出掛けたのかと思ってたわ」
「そ、そんな睨みつけなくてもいいじゃん。私だってシャワー浴びたかったんだよ」
「ま・・・いいわ」
身柄を取られてる立場ってのは分かってる。
だけど変に上目線で居られるのは、気に食わない。
私はイライラしながらもう一枚タオルを取り、頭から滴り落ちる水を拭きとった。
それと同時に扉が開き、私と同じように苛立った桐生が姿を現す。
入ってくるや否や、私に対してビール入りの袋を投げ飛ばすぐらい、その苛立ちは表に出ていて。
「ごふっ!」
顔面激突寸前で袋を受け止めた私は、慌てて狭山に下着を渡した。
中のビールも数本狭山に渡し、残りは私たちの方のテーブルに乗せる。
「狭山はそっちで着替えてろ。私たちはこっちで飲んどくから」
私はまだ下着を着てるから良いけど、狭山は着てないからな。
着替え終わるまで私たちは壁側で待とうと、静かに席を移動した。
相変わらず、私の目の前にいる男は不機嫌そうだ。
ビールを手渡しても、キッと私を睨みつけるだけ。
「・・・悪かったって、桐生。ごめんな?」
「別に怒ってねぇ」
「いやー、顔怒ってるって。めっちゃ不機嫌顔なってるって」
表情を見たら分かる、桐生の不機嫌度。
そりゃ、伝説の極道に下着買わせるなんて・・・ちょっとあれだったけどさ。
しょうがねぇじゃんか、ね?
「お前には後々、それに見合うだけのものをもらうだけだ」
「・・・そ、そですか・・・・」
嫌な予感しかしない言い方に、いつか忘れますようにと願う。
そんな私に目も暮れず、桐生は酒を取り出し、着替え終わった狭山に声を掛けた。
「なぁ・・・狭山」
「ん?」
「お前、東城会の過去を知るために俺たちに近づいたと言っていたな」
「・・・貴方・・・」
「盗み聞きするつもりは、なかったんだ」
不可抗力、ってやつだ。
私も桐生も、別に聞きたくて聞いたわけじゃない。
狭山もそれは分かっているのか、特に気にする様子を見せなかった。
ただ少し、厳しい表情で私たちの方を向く。
「・・・どうしてそこまで分かっていて、私を連れてきたの」
「東城会と、聞いたからな」
「興味があるの?」
「まぁ、な・・・。何があったのか、教えてくれ」
桐生の言葉に、意外と狭山はあっさりと応じた。
「私はママの言うとおり、本当の親を知らないまま育ってきたの。小さいころから病気で死んだと聞かされていたけど・・・」
過去、か。
語られる狭山の話に、私は少しだけ顔を顰めた。
狭山は過去を知りたくて着いて来たんだろう。
でも私にとって過去は、もう思い出したくもないほどドロドロとしたもので。
狭山の話を聞くたび、少しずつ忘れていた過去を思い出して、苦しくなった。
最近ずっと目の前のことに捉われてて、思い出そうとも思わなかったから。
狭山から放たれた、過去という単語は私に嫌なものをよみがえらせた。
虐待されていた日々。居場所のない過去。――――鷹の刺青で隠した火傷が、ずきりと痛む。
「でもね。ママが何かしら隠していることには気づいてたの。そんな時、ママが電話で怒鳴ってるのを聞いちゃってね・・・」
「なんて言ってたんだ?」
「“薫は東城会のせいで不幸になった”ってね」
「・・・東城会の、せいで・・・」
「あれから十数年、ママは何も教えてくれないの」
辛い過去を教えたくないと思うのは、その人を大切に思っている証拠だ。
過去を知って、思い出して、幸せになれないのならその方が良い。
「だから私は警察官になって、自分自身で調べる道を選んだ」
「お前は両親を、東城会に殺されたと思っているのか?」
「・・・これだけ自分の生い立ちを隠されたら、そう推測するのが普通でしょ?」
「それを確かめるために、身辺保護を名目に俺たちに近づいたわけか・・・」
狭山は項垂れながら、小さく頷いた。
話を聞いていた桐生は煙草の火を消し、また新しい煙草を取り出す。
「お前の気持ち・・・分からないでもない」
「・・・え?」
「俺にも・・・隠された過去があったんだ」
「隠された、過去?」
「あぁ・・・。俺はそれを知ってしまったことで、苦しかった」
あの時の光景が、走馬灯のように浮かび上がった。
風間のおじいちゃんが死んだとき、おじいちゃんが言っていた言葉。
桐生の両親は、おじいちゃんが殺したという真実。
あの時の桐生の表情は、今でも忘れられない。
知ってしまったことで苦しみに襲われる過去も、あるということだ。
「知らない方がよかったとさえ、思ってしまった。もしかしたら人間には、知らなくて良い過去だってあるんじゃねぇのか?」
「そう・・・だな。思い出したくない過去を持つ奴だっている。無理して苦しい事実を知る必要はねぇんだぜ」
私と桐生の言葉に、狭山が鋭い視線を向ける。
威圧するようなその目は、決して私たちの言葉を聞くような目では無かった。
「・・・それは過去を知っている人間が言えるセリフだわ」
「・・・そうかも、しれねぇな」
「否定はしねぇよ・・・。そうだよな。一方的な考えだな」
やっぱ、知らない人にとっては気になるのが当たり前か。
私は最初から過去を自分自身で歩んできたからこそ、こんな過去なんて捨ててしまいたいと思えるんだもんな。
知らない人は、それすらも思えない。
ま、好きにしたら良いだろ。そこは狭山の勝手だ。
「さーってと」
話も聞き終わったし、私もビールを飲もうと思ったその時。
急に桐生が立ち上がり、私からビールを奪い取った。
「へっ?」
「悪いが、行きたい場所がある」
「行きたい場所?」
「賽の河原だ。ちょっとした裏世界ってところだ。そこに用がある」
「え、あ、や、桐生、ちょっと私のビール・・・!」
「賽の河原、ね。直接行って確かめさせて貰うわ」
「すぐに支度をしてくれ。早めに行きたいんだ」
「分かったわ」
「ちょっと!無視すんなって!」
「お前もさっさと準備しろ。遅れたら承知しねぇぞ」
「・・・・おう」
目指すはアイツの居るであろう、賽の河原。
(でも最近、花屋の話を聞かねぇな・・・元気にしてるのか?あのおっさん)
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