いらっしゃいませ!
名前変更所
結局、真島の兄さんと桐生の勝負は、桐生の勝利で終わった。
真島の兄さんも強いのに、あのドス捌きを捌ききれる桐生も桐生だ。
二人とも、私なんかが敵う相手じゃない。
私は二人が待つ部屋に戻ると、持ってきておいたタオルを投げ渡した。
戦いの後で汗だくになった二人は、そのタオルを受け取り、礼を言う。
「ありがとな、あけちゃん」
「ありがとう」
「二人とも、お疲れ様」
戦った後でも、後腐れがないのがこの二人の良いところだ。
兄さんは椅子にゆっくり腰かけ、桐生の方をめんどくさそうに向き直る。
自由奔放に暴れたい兄さんにとって、桐生との約束を守るのは苦に近い。
東城会という肩書を持ってしまえば、自由に暴れられなくなる可能性も高いからだ。
でも兄さんは約束を守る人だ。今更嫌とは言わないことを、私は知っていた。
「んで?約束やからな・・・東城会に、戻ればええのか?」
「いや、無理に戻らなくても良いんだ」
「はぁ?何や、さっきと話がちゃうやんか」
私も兄さんも、驚いて桐生を見る。
東城会に戻ってくれという頼みの元で戦ったのに、いきなり何言ってるんだこいつは?
って言いたいところだけど、桐生も桐生なりに考えがあるのだろう。
ここは黙っておくべきだろうと思い、私は静かに話を見守ることにした。
「アンタが東城会に収まる器じゃないことぐらい分かってる。それよりも今は、東城会を助けしてやって欲しいんだ」
「なるほどな。つまり、手助けせえっちゅう事か」
「あぁ、引き受けてもらえるか?」
「・・・・分かったわ。やが、そんなに東城会はピンチなんか?」
私も桐生の話でしか聞いてないが、会長代行しかいない今、内部が崩れ落ちるのも無理は無い。
姉さんでも統一出来ることは出来るだろうけど、ヤンチャな奴らはそれでも言うことを聞かないだろうし。
桐生の話じゃ、錦山組が相当クセがあったっていう報告だ。
アイツらは頭を桐生に潰されてるようなものだから、反抗したくなる気持ちも分からないでもないが。
「実は、新藤率いる錦山組が東城会から抜けるかもしれない・・・」
「ほぉ、組の力半減やな」
「しかもいつ郷龍会が攻め込んでくるかも分からない」
「・・・そうか。しかしまぁ、何かスッキリせんなぁ」
兄さんの表情が、気に食わなさそうに歪む。
それは桐生への苛立ちを示しているのではなく、その話の内容に対する表情だった。
「俺は、何か作為的なモンを感じるねん」
兄さんの野性的勘はいつも鋭い。
そして兄さん自身、頭のキレが良い男だ。
私たちは一時期東城会を離れていたし、兄さんだけが感じていることもあるだろう。
私と桐生は無言で兄さんを見つめ、話の続きを促した。
「あーまぁ、なんや?寺田は近江連合に殺されたんやったな?」
「・・・あぁ」
「それがおかしいんや」
兄さんの話によると、寺田が会長になってから、近江との戦争は落ち着いていたらしい。
まぁ確かに、こんなに大きな近江と東城会の抗争の話を聞いたことはなかったな。
そして兄さんは、私たちが知らなかった東城会内部のことまで教えてくれた。
寺田という男の、本当の姿を。
「俺は寺田のことは好かんかったわ」
「どうしてだ?」
「平和やら、共存やら、理想ばっかり語りよって・・・結局東城会はそのヘンの組織からも舐められるようになってしもた。・・・それに」
「それに、どうした?」
「あいつは結果的に、東城会を混乱させたからな」
兄さんは物事をはっきりというタイプだ。
この反応を見る限り、本当に兄さんは寺田のことを信頼していなかったと見える。
「あんた、寺田を信用してなかったのか?」
桐生の質問に、兄さんは席を立ちながら答えた。
「せや・・・ヤツは周りで言うほど、立派な極道やなかったわ」
「・・・どういうことだ?」
「寺田は自分の言うことに従う、イエスマンしか傍に置かんかったんや。俺や、柏木のオッサンとかの古参衆は、真っ先にのけ者扱いにされた」
「柏木さんも・・・?」
若頭代行の柏木さんまで、のけ者に?
そんなんじゃ、内部がガタ崩れしてもおかしくないはずだ。
どんなにイエスマンを好むといっても、限度がある。
古参衆は組織を支えてきた以上に組織のことに詳しい。
その人たちが居なければ、たとえ自分の意見を通し続けたとしても、組織は衰退していく。
「そうや・・・若頭代行なんぞ、実際はお飾りや。ミレニアムタワーにでっかい事務所作っても、寺田の命令なしには一切動けんかった」
「はぁ?なんだそれ」
「な?嫌やろ?俺はそんな寺田のやり方に嫌気がさして、組割ったんや」
「まさか寺田が、そんな男だったとは・・・」
私も桐生も、寺田のことは信用していた。
風間のおじいちゃんを、一時とはいえ助けてくれていた人だから。
もちろん、それだけじゃない。
その後のことも全部含めて、私は寺田を信じていた。
―――まぁ、人の腹の中までは、探れねぇってことか。
「あけちゃん、桐生ちゃん」
「ん?」
「・・・人を信じるのもええけど、気ぃつけなぁアカンで・・・特にあけちゃんは、な」
「私?なんで?」
「桐生ちゃんよりもお人よしやろ?ダメやで~!ホンマ。まぁ、安心しとき。あけちゃんだますやつがおったら、俺が桐生ちゃんと一緒にその場で捌いたるわ」
「・・・・さんきゅ、兄さん。気を付ける」
私たちは兄さんに別れを告げ、その部屋から立ち去った。
立ち去った後の私たちは、ただただ無言のままで足を進める。
だって、さ。信用してた男に裏切られたも同然なんだぜ?
それに何で襲われたのかも、実際分かっていない。
郷龍会なら相手の頭のタマ取るぐらいはしそうだが、龍司という男がそこまで小癪な手を使うとも思えない。
アイツだったら、正々堂々と戦争をしかけてきて、そのまま東城会ごと寺田を潰すだろう。
確信ってわけじゃないが、アイツと戦ってみて私はそう思えた。
「・・・一旦セレナに戻るぞ、あけ」
「あー・・・ちょっと待ってくれ。一旦情報を田村あたりから集めてきていいか?」
寺田のことも、そして大吾や郷田会長のことも、色々と情報が欠けている。
まずは情報を得るのが先決だ。神室町の状況も知っておくべきことがあるだろうし。
無茶してるってのは分かってる。
桐生も不満げな表情を浮かべ、私を静かに睨みつけていた。
それからしばらくして、私が折れる気が無いと分かったのか、無理やり頭を抱き寄せた。
「おわっ・・・!?」
「無理するなよ」
「したらお仕置きなんだろ?お前のお仕置きの方が身体もたねぇよ・・・だから無茶しねぇって」
「どうだかな。お前はそう言って、約束を守ったことがねぇからな」
「だ、大丈夫だってほんと・・・目が笑ってねぇって桐生・・・」
桐生の本気の視線に、身体がぶるっと震えるのを感じる。
とりあえず田村達情報屋から話を聞くだけでいいだろうし、そんな無茶も必要ねぇだろ。
痛む傷口を押さえながら、桐生と別れて反対側の出口へと向かった。
さっさと終わらせて帰ろう。じゃないと怒られちゃうからな。
桐生にも、あと狭山にも色々と怒られそうだ。
「さてっと。いっちょやりますか!」
やっぱり情報を扱うってのは楽しい。
私が得た情報で何かが変わるかもしれない。そう思うと、職業の血が疼くような気がした。
「うっし、まずは田村の所に行くか」
桃源郷を出て、まっすぐ劇場前へと向かう。
まず欲しい情報は、神室町の今の状態。
どの勢力が強いとか、そういう関係のことを知っておきたい。
あと怪しい集団がいなかったかどうか。
見かけたとなれば、そいつらが大吾達を連れ去った犯人の可能性が高くなる。
「大吾、会長・・・絶対連れ戻して見せる」
桐生が命を掛けて挑もうとした盃のために。
そして久しぶりに会った、大吾とまた会うために。
何だかんだで、私も東城会の一員みたいになっちまってるな。
私はただの情報屋なんだけど、これでおじいちゃんや桐生の役に立ってるっていうのなら、それでいい。
それで良―――。
「オイ」
「あ?・・・・っ!?」
急に話しかけられて後ろを振り向くと、顔面に冷たいものを吹きかけられた。
慌てて息を止めるが既に遅く、吸い込んでしまったらしい薬に意識が奪われかける。
話しかけてきた男は、どうやら日本人じゃないようだ。
その男は中々倒れない私に痺れを切らしたのか、もう一度、謎の液体を吹きかけた。
これは。
催眠、スプレー・・・?
でもこんな簡単に、私が薬に屈してしまうはずがない。
さてはこいつら、私のことを知ってて・・・それで、相当濃い薬を、準備して・・・。
「てめ、ぇ・・・何者、だ・・・っ」
「答エル、必要ハ、ナイ」
片言の日本語。
そういえば、大吾を襲ったのは外国語を使うやつって言ってなかったか?
じゃあ、こいつらが、犯人?
一気に頭に血が上った私は、クラクラと揺れる意識を引き戻し、その男に殴り掛かった。
その瞬間、左肩に激しい痛みが走り、足が止まる。
「うっ・・・ぁ・・・っ!」
「大人シクシロ」
「ッ・・・く、そ・・・」
また薬を拭きかけられ、意識が薄らいでいくのを感じた。
ダメだ、ここで気絶してしまったら。
また桐生に怒られてしまう。それに、また心配かけてしまう。
ダメだ。
ダメだ。
どうにかして目を覚まして、大吾を、会長を。
助け、出さなくちゃ、いけな・・・。
その後、私の意識は闇の中に沈んだ。
(ああまた・・・私いっつも、こんなのばっかりだな)
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