いらっしゃいませ!
名前変更所
時々、こういう感情に襲われる。
桐生を私だけのものに、してしまえたら、と。
いつも桐生は人気者だ。
悪い意味にも、良い意味にも。
私はいつだってそんな桐生を、傍でずっと見てきた。
身近すぎて、遠く感じる。
慣れすぎて、物足りなくなる。
「ん・・・」
寝ている桐生に対し、そっと口付け、私は目を閉じた。
今まで何人のキャバ嬢に対して愛を囁き、口説き落としてきたのか。
桐生は私を求めるけど、言葉はあまり口にしない。
愛している、とか。好きだとか。そういうことは何も。
私だって言わないから、最初は気にしてなかった。
「桐生・・・」
でもやっぱり、気になってしまう。
桐生はどうして私に何も言ってくれないんだ?
私が、言わないから?
それとも、言わなくても分かると思ってるから?
確かに、この関係になってからもう数年は経つ。
口にしなくても分かる、というのも別に否定はしない。
「一馬」
だけど、寂しいって思う感情も否定出来ない。
私は無意識に口を開くと、桐生の名前を呼び続けた。
起きるかもしれないなんて、気にしないで。
ただ名前を呼んで、吸い寄せられるようにキスをした。
「なぁ・・・一馬」
誰よりも
「大好き」
最後まで
「愛し、てる・・・」
囁くように、甘く甘く。
桐生の耳元から口を離した私は、ふと桐生の顔を見て動きを止めた。
目が、カチリと、合う。
合わないはずの目が合い、私はフリーズすることしか出来なかった。
もしかして、もしかしなくても。
聞かれていた、とか。
「なぁっ!?」
咄嗟に逃げようとした私を、桐生は容赦なくベッドに引きずり込んだ。
ズシリと心地よい重さが私に圧し掛かり、逃げられないよう押さえつける。
目の前の桐生は、まったく驚いたような顔をしていなかった。
まるで分かっていたとばかりに笑い、私の耳元で囁く。
「俺も愛してる」
「っ・・・・!?」
「この言葉が、欲しかったんだろ・・・・?」
「あ、や、そん、な・・・」
桐生の鋭い目が、私を捉えて離さない。
一気に平常心を崩された私は、顔を横に逸らして桐生を見ないようにした。
「ち、ちげぇよ、ばーか」
「好きだ」
「・・・・だ、だから、違う、って」
「愛してるぜ、あけ。お前は俺の女だ・・・分かってるだろ?」
「だ、だからっ!!」
欲しかった言葉を並べられ、壊れてしまいそうになった私は桐生を止めた。
桐生はどこか楽しそうに、私を見て意地悪く笑う。
抵抗のために伸ばした手を、ベッドの上の部分に押さえつけられて。
逃げ場をなくした私が出来ることなど、足をじばたばさせることしか無かった。
「はな、離せっ・・・・」
「分かってたぜ、お前がそういう言葉・・・俺から言って欲しいって思ってるってな」
「い、いいから、離せ!」
こんな抵抗じゃビクともしないことは分かってる。
でも抵抗してないと、恥ずかしさで可笑しくなってしまいそうな気がして暴れつづけた。
そんな私に対し、桐生は唇を重ねる。
許可もなく滑り込んでくる舌の動きに、私はあっという間に身体を支配された。
離された手で、桐生の腕をぎゅっと掴む。
与えられる快感から逃げることしか出来なくなり、ゾクリとした何かが背中を駆け巡った。
「っは・・・ぁ・・・!」
「お前からの言葉、しっかりと聞かせてもらったぜ」
「ッ・・・・」
「本当はあんなに可愛らしく言えるんじゃねぇか」
「う、うっせぇ!」
先ほど寝ている桐生に、正しくは寝ていると思っていた桐生に囁いた言葉を思い出し、恥ずかしくなる。
つまり桐生は、私の感情になんてとっくに気づいてたってわけか。
愛の言葉を言われたい。言われなくなったら寂しいってことに。
分かったうえでワザと言わないで、私から言わせるように仕向けた、と。
全て桐生の手の中だったことに気づいた私は、余裕の笑みを浮かべる桐生の頬をつねった。
「ば、ばか。意地悪、性格悪いぞお前」
「じゃあ、そんな俺が好きなお前は、どうなるんだ・・・・?」
「・・・・うっさい」
「意地が悪いのは元からだ。分かってんだろ」
「分かってる」
「・・・そんな俺が好きなんだろ、お前は」
余裕に満ちた言葉。
それは私が離れない、離れられないと分かってて放たれた言葉。
ああ、また彼の罠にはまったんだな、私は。
私は桐生の首に腕を回すと、彼が望んでいるであろう言葉を囁いた。
「好き」
「あぁ」
「・・・好き」
「良いのか?それ以上言うと、お前から誘ってるってことにするぞ」
「・・・好き」
「・・・ったく。お前も素直じゃないな。そこは素直に、“抱いて”って言えねぇのか?」
「っ!?う、うるさいなお前は!どうしてそうイチイチ私に意地悪しないと・・・・っ」
「あけの反応が可愛いからに決まってんだろ」
「んっ、んんん!んぁっ・・・・」
大人の駆け引き。大人の恋愛。
大人な彼に振り回される私は、毎日何かしら罠にハメられている。
明日はどんな罠に、意地悪にはまるのか。
私はそのことも分かっていながら、桐生の仕掛けた罠にはまるのだ。
愛されていると、実感、出来るから。
性悪な桐生の、愛情表現だから。
苛めて、壊して、囁いて、愛して
(アメとムチに、飼われる私)
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