いらっしゃいませ!
名前変更所
私は桐生を追い、情報を集めるために街に出ていた。
人込みを通るのは苦手なので、出来るだけ人がいない場所を選んで通る。
そしてとある路地を見つけると、情報の整理をするためにそこに座り込んだ。
今まで手に入れた情報を、手帳を見ながら確認する。
人通りの少ない裏路地に来たのは、これが目的でもあった。
「んーっと・・・」
情報整理は出来るだけ一人でやる。集中するために。
それが情報屋としての、私の決まりごとだ。
情報というものは、細かくてミスの許されないものだからね。
私は静かにため息を吐くと、ふと公園の一角に誰かがいるのを見つけて近づいた。
「・・・?」
公園の隅っこで、ヤクザと思われる集団が笑っている。
しかもそれはただ遊んでいる、ってわけではなさそうだった。
随分楽しそうだ。
でも明らかに普通のことをしてる雰囲気じゃない。
私は背後からその男達に近づき、先手必勝とばかりに飛び蹴りを食わらせた。
見事に蹴りを食らった男が、ゴミ箱の中へシュートされる。
「おい!?いきなりなんだよこのアマ!!」
「なんだぁ?お姉ちゃんも遊んでほしいのか?ん?」
「お前ら・・・コイツをいじめて楽しんでたのか・・・?あぁ!?」
男達が取り囲んでいたものを見て、私はすぐに拳を構えた。
どうせ、犬でもイジメてるんだろって思ってはいたけどさ。
まさかホームレスをターゲットにしてたとは。許せるレベルじゃない。
ホームレスの男は、私を見て驚いた表情を浮かべた。
そんな男に対し、“もう大丈夫だよ”と笑みを零す。
「安心しろ。こんな奴らすぐ片づけてやるから」
「・・・君・・・」
「何カッコつけてやがんだ!お前ら、やっちまえ!!」
飛びかかってきた男の腕を掴み、がら空きの腹部に膝蹴りを食らわせる。
ぐえっとカエルが潰れるような声が響くが、私はお構いなしに攻撃を続けた。
崩れ落ちる男の背中に、トドメの踵落としを1撃加える。
犬でも、人間でも関係ないんだ。
弱い奴をイジメてるのを見ると、無性に腹が立つ。
それは正義とか、そんなんじゃなくて。
自分が昔されてきた立場だから、なんだ。
強い立場の親に好きなだけ殴られた。あの時のことを思い出してしまうから。
「ほら、どうした!?かかってこいよ!!」
「てめぇっ!!」
右から走ってくる男に回し蹴りを加え、そのまま足を払う。
こけた男は左から襲い掛かって来た男に激突し、二人して伸びてしまった。
ほんと、馬鹿なやつらだ。
数で掛かってきても、負けるだけなのに。
女だからってナメてる口調が、私を更にイライラさせる。
「くそ、女ァ・・・」
「そういうの、やめてくれねぇ?」
「がぁっ!?」
転がっていたリーダー格の男を睨み付け、そのまま手を踏み付けた。
ぐりぐりと痛めつけるように踏めば、男の口から悲痛な悲鳴が上がる。
数人いた男達はものの数秒で私の周りに崩れ落ち、立っているのは私だけとなった。
「さっきまでの威勢はどこにいったんだよ・・・」
ホームレス狩りって、そういえば流行ってたんだっけ。
このまま許しても、こいつらはまた仕出かすかもしれない。
しばらく考え込んだ後、私は火傷の痛みに身体を震わせた。
火傷が治るまでは、あんまり暴れないほうが良さそうだな・・・。
なんて、呑気なことを考えていた私に、起き上がった男の一人が圧し掛かってきた。
「ッ・・・!」
「この女ァ!良くもやってくれたな・・・!」
地面に背中がぶつかった瞬間、予想以上の痛みが私の身体を襲う。
服が擦れて痛いとか、そんなレベルでは無かった。
身体全体が、痺れてしまうような痛み。
無茶するなと怒る桐生の顔が浮かんだ。
私は咄嗟に身を捩り、男が繰り出したパンチを避ける。
「女だからって、ナメたお前の負けだ!!」
「うが、あぁあっ!」
一瞬の逆転だった。
避けられた反動でバランスを崩した男を、蹴り上げて起き上がる。
男達はすっかり怯えてしまい、私が一歩踏み出すと悲鳴を上げて引き下がった。
「ひぃぃいっ!ゆ、ゆるしてくれっ!」
「じゃあもう、二度とするな。分かったな」
「わ、わかった!」
去って行く男達には目もくれず、私は後ろでしゃがみ込んでいたホームレスの男に手を差し伸べた。
男は戸惑いながらも、手を取って立ち上がる。
「・・・ありがとう」
「いや、通りすがりだ。気にすんな」
立ち上がった男の瞳には、生気がまったく感じられなかった。
その代わりに感じた、他の人とは違う魅力。
一目ぼれに近い、不思議な感情。
私はしばらく、そのホームレスの男を見つめ続けていた。
何だろう。桐生と似て普通の人間とは何かが違う。
「お前・・・名前、なんていうんだ?」
煙草を渡しながら尋ねると、男は少し表情を明るくして答えた。
「俺か?俺は秋山だ。秋山駿」
「ふぅん・・・」
「君は?」
いつもなら、得体の人に名前を教えたりはしない。
でも自分から聞いておいて自分は教えない、ってのもおかしな話だ。
私はしばらく煙草を楽しんだ後、思いついたように手帳を取り出した。
吐き出される息が、煙となって視界を濁す。
その中で私は、ホームレスの男に挟んであった名刺を渡した。
そう、情報屋としての私が書かれた名刺を。
連絡先も書いてあるため、自然と彼に連絡先を教えたことになる。
「情報、屋・・・?あけ・・・ってのが、君の名前かい?」
「そ。まぁ、情報じゃなくてもいい。今みたいに困ったことがあったらそこに連絡をくれ」
「・・・・電話なんて、出来る金もないさ」
「そうか。まぁでもあげちゃったし、持っててくれ」
お節介と言われれば、お節介なのかもしれない。
でも私は彼を、秋山さんを放っておくことは出来なかった。
ただのホームレスだったら、お金を渡すぐらいで終わっただろう。
だけど情報屋として磨いてきた人間を見る目が、勘が、働いているんだ。
――――――――彼は只者じゃ、ないって。
「・・・じゃあな」
私は呆然とする秋山さんに、タバコを箱ごと投げつけ、その場を後にした。
もっとお話しても良かったけど、これ以上時間を使うと桐生達に怒られる。
タバコは面白い出会いをさせてくれた、彼自身へのお礼だった。
「面白そうだな、アイツ。いつかまた会えるといいな・・・」
きっといつか、また会える気がする。
不思議なホームレスとの出会いを果たした私は、鳴り響いた携帯に深いため息を吐いた。
電話するお金さえもないであろう、彼に託した連絡先。
(それが未来への出会いへ繋がることを、今の私はまったく知らない)
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