いらっしゃいませ!
名前変更所
昨日は結構、桐生に喋りすぎてしまった。
二人っきりでバーなんて初めてだったし、雰囲気に酔ってしまったせいだろう。
昼まで休んだが、酔いは未だに醒めていない。
私は軽く身支度を済ませると、セレナに向かおうとする桐生を捕まえた。
「行くのか?桐生」
「・・・あぁ」
「変に殺し合いとかするなよ」
「分かってる。お前は、どうするんだ?」
私には他に、やることがある。
だから今回のことは桐生に任せ、私は別行動を取ることにした。
どうせ私がついていくって言っても、許してくれなかっただろうし。
桐生と遥が居ない間だからこそ、出来ること。
私はセレナへ向かう桐生を見送りながら、そっと手元の手帳を開いた。
「・・・・やっと、掴んだんだ」
そこに書かれているのは、私が少ない時間を使って集めた情報の結果。
―――――――たった一つの、携帯番号。
この電話番号に、今までの努力の全てが詰まっている。
上手くいけば美月の死の謎も、全て分かるだろう。
そう、全て知っているはずだ。この番号の主が。
震える手で携帯を握り、書かれた番号を入力していく。
「・・・どちら様ですか?」
電話に出たのは、大人しそうな声の女性だった。
河原で話すのは危険なため、自分のアジトに向かいながら言葉を考える。
女性は無言を貫く私に、強い警戒心を示した。
先ほどの声とは違い、威嚇するような声が耳を刺激する。
ここで切られてはならないと、私は声色を優しくして口を開いた。
「何なんですか?あなたは一体・・・・」
「由美さん、だな?」
「・・・!?」
「安心しろ。私はお前の敵じゃねぇ」
「・・・・何の、用なの?」
私が空き時間の全てを使って手に入れた、由美の電話番号。
花屋の所に顔を隠して訪れた女性・・・・それを由美かもしれないと思って、探りを入れたのが正解だったらしい。
小さな情報から、こつこつと辿った成果だ。
桐生達よりも早く由美を探し出せたことに、一先ず胸を撫で下ろす。
「今からすぐ、セレナ裏通りの路地まで来い」
「・・・・」
「心配なら、武器でもなんでも積んできていい。私はお前に、遥のことを教えたいだけだ」
「遥・・・!?遥の事を知ってるの!?」
「あぁ。だから、待ってる」
どうしても二人っきりで、由美さんと話がしたかった。
美月と由美の情報を探っていくうちに、どうしても可笑しいことがいくつか出てきたから。
記憶を無くして、行方不明になった由美。
その由美の妹である、美月の存在。
もしかするとこの二人は、同一人物じゃないかって、思い始めて。
私はそれを確認したいだけ。
桐生達には黙っておくつもりだ。由美さんが望まない限り、な。
「ふぅ・・・」
久しぶりに戻ってきたアジトを、ゆっくりと見回した。
隠れ家みたいなものだし、戻って来なくても問題は無い。
まぁ、今の状況的に、セレナが近いってのが凄く気になる所だけど。
桐生は大丈夫だろうか?なんて考えていたら、すぐに足音が近づいてきた。
電話をしてからまだ10分しか経ってない――――――やっぱり、由美さんはこの近くにいたようだ。
「お前が、由美さんか?」
「あ、あなた・・・!」
「ん?」
目の前に現れた女性は、美月と瓜二つだった。
由美さんと思われる女性は私を見るなり、驚いた表情で声を上げる。
何で驚かれたのか知りたかったが、まずはアジトの中へと案内した。
ここで立ち話をすれば、桐生達に見つかる可能性が高い。
由美さんは素直に私の案内に応じ、アジトの中へと足を踏み入れた。
「待ってろ。今、お茶出すから」
「あの、貴方・・・」
「ん?」
「貴方、鷹の情報屋・・・?」
「・・・へぇ。良く知ってるな」
お茶を注ぎながら、由美さんの言葉に笑みを浮かべる。
警戒心は解いていないものの、即座に逃げようと思っているわけでもなさそうだ。
ま、いいか。
とりあえず、私は話が出来ればそれで良い。
「んで?私が鷹の情報屋だってどうして知ってるんだ?」
「この前、伝説の情報屋と呼ばれる人の所へ行ったとき、貴方を紹介されたの」
「あー・・・なるほど」
そういえば花屋から、そんな話聞いた気がする。
遥を探す女性が来たけど、素性も分からないような怪しい奴だったから、私に押し付けたって。
その女性を由美さんじゃないかと思って探りを入れていた私は、見事正解だったってわけだ。
自分で淹れたお茶を、無表情で口に含む。
「うへ、微妙に渋い。ごめんな、マズイかも」
「え?あ・・・」
「あ、そうそう。遥の事だったな。遥は今、桐生と一緒にいる」
「一馬と・・・!?遥は、無事なのね!?」
表情が、一瞬にして変わった。
私はそれを見ないふりして、話を続ける。
「お前さ・・・美月だろ?」
「・・・!」
「私はまだ桐生がいない10年間でお前に何があったのか、深くまでは知らない。ただ、美月とお前の事を色々調べていく内に・・・同じなんじゃないかって思ってさ」
「・・・さすがは、鷹の情報屋さんね」
「その名前はよしてくれ。あけでいいよ、あけで」
どうやら、美月=由美の考えは当たりだったみたいだ。
といっても、10年間の事を私が知っているわけじゃない。
知っていることは、桐生と合流してから得た情報だけ。
由美が記憶喪失になって行方不明になったこと、その後から美月と言う妹の存在が現れ始めたこと。
100億がどうだとか、100億に由美さんがどう関与してるかも分からない。
ただ私は遥のために、遥の母親の存在を諦めたくなかっただけなんだ。
「そうか。悪いな、これだけの話に呼び出しちまって」
「あけさん。あなた・・・」
「私は遥の母親が、本当にいなくなっちまったのか・・・それだけを知りたかっただけなんだ。だから桐生達には、何も言わない」
「・・・ありがとう。待っていてほしいのよ。時が、来るまで」
由美さんが言わないで欲しいって言うなら、このことは無かったことにする。
私はお茶を飲み干すと、新しいお茶を注ぎ直しに行った。
これは桐生達の問題だ。私は手伝いにすぎない。
由美さんが言う“時”が来るまで、知らないフリをしておくのが私の役目。
「あけちゃん、だったかしら?」
「あ?あぁ」
「一馬は、元気?」
「あぁ・・・元気だぜ。うるさいぐらいにな」
顔を合わせれば喧嘩ばかりの存在を思い出し、自然と苦笑いを浮かべた。
ひょんなことから手伝うことになったけど、今では結構いいコンビになっていると思う。
・・・・戦闘の面での話だけど。
普段の生活で、桐生にどう思われてるのかは知らない。
良く喧嘩するし、どうなんだろうな?
「ふふ・・・」
「・・・ん?なんだよ」
「貴方みたいな人に想われて、一馬も幸せね」
「はぁ?」
想う?こいつ何いってるんだ?
由美さんの発言に、思わず上ずった声を上げる。
「そ、それはどういう意味だよ!」
「そのままの意味よ?好きなんだなーって」
「んなわけねぇだろ!好きなのはお前じゃねぇか!」
「・・・ふふ」
桐生の話をした時の表情から、由美さんが桐生のことを気にしているのは分かっていた。
だけど由美さんは私の方を見たまま、笑うのを止めようとしない。
恥ずかしくなって目を逸らせば、動揺してお茶をこぼしてしまう。
「あつっ!」
「動揺しちゃって・・・」
「う、う、うるさい!もう話は済んだ!帰っていいんだぜ!?」
「私はまだ、あけちゃんとお話していたいんだけど」
な、何なんだよこいつ。
警戒心を解いたと思ったら、急に慣れ慣れしくなりやがって。
しかもやけに、大人の余裕というやつが感じられてイライラする。
こういうタイプは苦手なんだ。心を読むどころか読まれてしまいそうだから。
「あけちゃん、薬はどこ?」
「へ?」
「火傷の薬よ。手、火傷したでしょ」
由美さんのペースに狂わされたまま、私は火傷の薬を指差した。
棚の上に置かれた、緑色の怪しい液体。
私が特別に調合したものだから、色は可笑しくても効き目抜群だ。
私が指差した薬を手に取り、由美さんが私の方へ持ってくる。
驚いて身を捩るが、関係なしとばかりに腕を掴まれた。
「ちょ、ちょっとまて!その薬は貴重だから使わなくて良いッ!」
「じゃあ、他に薬は?」
「・・・ない」
「なら、これでいいわ」
「ま、まてって!治療なんかいらねぇよ、こんな火傷・・・」
「駄目よ」
緑の液体が、丁寧に火傷を覆っていく。
由美さんの強い口調に遮られ、私はそれ以上話せなくなった。
大人しく腕を預け、治療をしてもらう。
「・・・はい。これでいいわ」
「あ、ありがと・・・」
「女の子なんだから、身体は大事にしなくちゃ駄目よ」
お姉さんって言うより、お母さんみたいだ。
きっと桐生も、私みたいなのより由美さんみたいな人が好きなんだろうな。
って待てよ。
その考えだと、私が桐生の事を好きみたいじゃないか!
そうじゃないんだ。由美さんがお母さんみたいだって思っただけで。
やっぱり、親子だな・・・遥とそっくりだ。
「・・・少しお話しただけだけど」
「ん・・・?」
「まるで、妹みたいだわ。あけちゃん」
「は!?」
次から次へと、この女は私を狂わせる。
遥が私を狂わせていく感覚とまったく同じだ。
由美さんの眼差しが、私を捉えて離さない。
逃がして、くれない。
「・・・一馬と遥のこと、お願いね」
「言われなくても」
「ふふ。やっぱり妹みたいだわ」
「こんな捻くれ妹持って、何が嬉しいんだ?」
「捻くれ?あなたが?」
そんなことないわ、と。
告げる目が嘘をついていなくて、私は思わず顔を逸らした。
「・・・・」
「表情が、正直だもの。捻くれなんて思わないわ」
「っ・・・うる、せ。早く帰れ」
呼び出しておきながら、帰れだなんて失礼な話だ。
でも今の私に、考える余裕なんて無かった。
セレナ側から帰るのは危ないと考え、表通りに出る出口を案内する。
由美さんは持ってきていたスカーフで顔を隠し、私に向かって頭を下げた。
小さくありがとうと礼を言われ、私は深いため息を吐く。
「むしろ礼を礼を言うのは私だ。これだけのために・・・悪いな」
「・・・・また、ね」
「あぁ。絶対に、お前の言う時が来たら・・・私が、皆を守るから」
私の言葉を聞いて、由美さんが嬉しそうな笑みを浮かべながら帰って行った。
まだ問題自体が解決したわけじゃないけど、遥の母親が生きているという事実が分かっただけでも、十分な収穫だ。
いつか、その時が来るまで。
最後に辿りつくきっかけを作るのは、桐生達だ。
そのための情報なら、いくらでも提供しよう。
由美さんにしてもらった手当の痕を撫でた私は、鳴り響く携帯に眉を顰めた。
――――――桐生からか。
また、嫌な予感がする。
「あけ!遥が攫われた・・・賽の河原へ来てくれ!」
(嫌な予感って、外れることがないんだ)
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