いらっしゃいませ!
名前変更所
東京で情報屋をやっていたあけは、今沖縄にいた。
都会にはない涼しい風を浴びて、気持ちよさそうに目を細める。
そして持っていた大きな荷物を肩に担ぐと、慣れない熱さに額をぬぐった。
「暑すぎんだろ・・・ったく」
東城会のゴタゴタが終わった後、桐生はあけを追いて沖縄で養護施設を経営していた。
連絡は頻繁に取っていたのだが、どうしてもあけには耐えられなかったのだ。
桐生との、近いようで遠すぎる距離が。
いつからこんな女女しくなっちまったんだろうな?
あけは心の中で自分をあざ笑いながら、桐生がいるであろう「あさがお」を目指した。
「これから、忙しくなりそうだよなぁ。別な意味で」
大きな荷物の中には、生活用具の全てが入っている。
情報屋は一時的に辞めた。泊りとかに来たわけじゃないのだから。
「(私はあけ・・・桐生あけとして、アイツを追っかけてやるって決めたんだ)」
桐生が沖縄に行く前に、あけへ預けた苗字。
それを背負った後、あけはしばらく考えた。
自分が情報屋として働く理由は―――――――もうない。
だから桐生が必要とするまでは、桐生の傍で役に立とうと決めたのだ。
もし桐生が情報を必要とするときがくれば、また情報屋に戻る。
その時が来るまでは、苗字を預かった者として役に立とう、と。
「まー、黙ってきたし。怒られるだろうけど・・・!」
黙ってきた、というより騙してきた、の方が正しいだろうか。
最近桐生がさっそく事件に巻き込まれたらしく、東京に戻ってきていた隙をついて・・・って感じだ。
じゃないと、即効追い返される可能性だってある。
心配性というより、過保護のラインに突入してきてる桐生は、今回の事件でも私を巻き込まないためにまったくの情報を必要としてこなかった。
それだけじゃない、泊り場所などといったこと全てに関して遠慮してきた。
連絡取るときも健康に関してや、周りの治安などに関して凄く口うるさくなった。
だからすぐに行ってすぐに突っ返されないよう、そして事件の巻き添えをわざと食らうようにこのタイミングで来たわけだ。
「まったく!大切にしてくれるのはありがたいけど、されすぎるともどかしいんだよ・・・!」
慣れない砂浜に足を取られながら歩いていくと、ようやく目的地が見えてきた。
「ん?あれがあさがお・・・か?」
駆け足で近づき、看板を確認する。
大きな家の前には「あさがお」と書かれており、庭にはたくさんの子供たちがいた。
見知らぬヤンキーっぽいのもいるが・・・楽しげに遊んでいるということは、桐生の友達か何かだろう。
「・・・やべ、これどうやって訪ねればいいんだ・・・?」
あさがお前まで来たのは良いものの、もの凄く入りにくい。
明らかに皆、あけのことを知らない人たちばっかりだ。
急に入って驚かせるのも、子供たちに悪すぎる。
でもただのお客さんとして訪ねるには、荷物的に怪しい。
どうする?どうすればいい?と首を傾げ続けていたあけに、突然後ろから聞き覚えのある声がかかった。
「あれ?あけお姉ちゃんだ!」
「あ・・・は、遥ちゃん・・・」
数年前のゴタゴタで、お世話になったりお世話したりした少女。
あけは遥をじーっと見つめ、どんどん可愛くなっていく姿に微笑みを浮かべた。
「まーた可愛くなっちゃって!」
「え!?そ、そんなことないよ・・・!」
遥が照れくさそうに笑う。
そして何かを思いついたように、あけの手を引っ張った。
「ちょうど良かったね!おじさん、もうすぐ帰ってくるんだよ!」
「きょ、今日・・・?」
思ったより早くて驚く。
まぁでも考えてみればそうか。あさがおのことが桐生にはあるのだ。
事件のことばかりには構ってられない、ってことだろう。
数年前より桐生が丸くなってきたのが目に見えて分かる。
あけは嬉しいような悲しいような複雑な感情を覚えながら、遥にあさがおへと案内された。
「遥お姉ちゃん、その人だあれ?」
「この人はね、おじさんと一緒に私を色々お世話してくれた人だよ!」
「へぇー!お姉ちゃん、俺は太一だ!よろしくな!」
元気な男の子に挨拶される。
あけは笑顔で挨拶を返すと、太一と名乗った子の頭を撫でた。
その後、次々と子供たちがあけの周りに集まってきた。 名前を教えてくれる元気な子供たちに、自然と時間を忘れる。
子供たちの自己紹介の後に、ヤクザっぽい人たちの名前も教えてもらった。
どうやら本当に桐生の弟子のようなものらしい。
「姉さん、桐生さんとはどんな関係で・・・?」
「力也・・・。姉さんとかやめて、あけって呼んでくれよ。私は桐生の・・・うーん・・・」
「奥さんだよ!」
遥の衝撃的発言に、本人であるあけでさえ咳き込んでしまう。
「げほっ・・・!ど、どうしてそうなったッ!」
「え?だってあけさん、おじさんの苗字貰ってたよね?」
「えっ、いや、あの・・・そ、それは・・・!」
あけが慌てて真っ赤になっていくのを見て、子供たちが冷やかしにかかってきた。
何とも言えない表現をしているあけに、力也が疑問を口にした。
「でも、兄貴の苗字を貰ってるなんて・・・一体、何者なんだ?」
「何者って・・・私は普通の人間だよ、人間」
「人間ってことぐらい、みりゃあ分かる!」
「いやでも、桐生は化け物の領域だろ?あれ」
「・・・・否定、出来・・・ない・・・」
力也も桐生にボコられたことがあるのだろうか?
何かを思い出したかのように身を震わす力也を見て、あけは頭に疑問符を浮かべた。
そしてすぐに、頭上から殺気を感じて身を翻す。
「とぅっ!」
「遅い!」
「ガハッ・・・!」
避けようとした拳を、まともに受けて撃沈する。
沈んだあけの後ろにいたのは、まぎれもなく桐生だった。
力也は静かに頭を下げ、子供たちは待ってましたとばかりに桐生の周りに集まる。
それにしてもコイツ、なんでああいう悪口のところだけ毎回聴いてるんだ。
地獄耳か。いやもう本気で化け物・・・。
「あけ?」
「ハイ、ナンデモアリマセン」
あけに殴りかかろうとする桐生を、遥がなだめにかかる。
「もー!おじさん、嬉しいからってあんまりあけお姉ちゃんをいじめちゃ駄目でしょ!」
「遥・・・」
遥の言う事は大人しく聞くらしい。
桐生はあけのことを睨みつつも、集まってきた子供たちを集めて家の中へ入るよう促した。
その後に、あけもそっと続く。
あさがおの中は民宿のようになっており、田舎の暖かさが感じられた。
東京ではまったくもって見られない光景だ。
桐生に何度か写真を貰ってはいたが、まさかここまでとは。
「すげぇな・・・。まさかここまでなんて・・・」
「おい、あけ」
「ん?」
「お前、タダで上げさせてもらえると思うなよ。ちゃんとワケを教えろ」
「・・・ですよねー!」
足早に子供たちと同じ場所に座らされたあけは、桐生からの無言の威圧に冷や汗をかき始めていた。
子供たちは桐生の違和感に気付くことなく、今日の夜ご飯はなんだろうとか何とか楽しそうな話をしている。
力也と幹夫は何となく感じ取っているのか、哀れんだ目であけを見ている。南無、といった感じで。
「で?何でお前がここにいるんだ?あんな荷物持ってきて」
桐生の質問に、今更ごまかすものもないと普通に答える。
「もちろん、ここでお前と暮らすため!」
「は・・・?何言ってるんだ、お前。情報屋の仕事は・・・」
「んなもん一時休止!お前がまた必要っていうならやるぜ?迷惑にもならねぇように、ちゃんとお前の手伝いするし!」
「いやまて。俺が言いたいのはそういうことじゃ・・・!」
「桐生ッ!」
あけの声が鋭く響き渡る。
いつものお茶らけた表情は、そこに無かった。
逆に桐生を睨み付け、子供たちを脅かさないように声を荒げないよう話す。
「お前、過保護すぎんだよ。気にし過ぎなんだよ。どうして私をもっと使ってくれねぇんだよ・・・!」
「お前には元の生活ってもんがあるだろ。これは俺がやりたいことなんだ。だから・・・」
「だから!それが余計だっていってんだ!」
身を乗り出し、ピシッと桐生の額を叩く。
桐生は珍しく目を丸くしたまま、あけのことを見つめている。
「苗字くれたの、何のためだよ。実質そういう関係になれたって、喜んでた私は馬鹿ってことか?危ないとか迷惑とかどうでも良い関係なんじゃねぇのかよ?私には何も・・・手伝わせてくれねぇのかよっ・・・!」
手伝いたかった。桐生の役に立ちたかった。
昔はただ生きるために情報屋をやっていたが、物心ついた時からあけは桐生のために情報を集めるようになっていた。
だから、置いて行かれた悲しみは凄く大きくて。
たとえ自分のことを思ってのことだとしても、苗字を預けられたとしても、あけには耐えられなかったのだ。
「あけ・・・すまない。もう、置いて行かない。だからそんな顔をするのはやめてくれ・・・」
「・・・うん」
「ひゅー!ひゅー!」
「ッ・・・!おい、太一!からかうのはやめろ!」
泣きそうな顔をしていたあけを桐生が抱きしめると、後ろの子供たちから茶化しの声が上がった。
桐生はそれに怒りながらも、若干照れくさそうに笑う。
「・・・ようし、じゃあさっそく手伝ってもらおうか。飯作るぞ、飯」
「おーう!任せろ!」
その言葉を聞いた子供たちが、カレーだの焼肉だの好きなものを叫び始める。
食べ盛りの子供たちだ。桐生が丸くなっていくのも頷ける。
あけは料理を手伝おうとする女の子達に「今日は任せろ!」と言い、すぐさま桐生の元へと向かった。
「おーい!桐生!起きろー!」
あれから数日しか経ってないが、あけもすっかりあさがおの暮らしになれていた。
朝早くでも元気な子供たちに追い付けなかったあけは、まだ寝ている桐生を起こしに行く。
「おいこら、起きろ~!」
子供達は海に遊びに行っているため、部屋の中はとても静かだ。
自分まで寝落ちしてしまわないように気を付けながら、寝ている桐生の頬をペチペチと叩いた。
反応は全くない。
それに痺れを切らしたあけが、すぅっと大きく息を吸う。
そして桐生の耳元に近づくと、思いっきり叫ぶのではなく、息を吐き出すようにして囁いた。
「おきろっつってんだろ、このハーゲーやーろー・・・うっお・・!?」
突如あけの体勢がガクンと傾き、気づけば桐生の腕の中にいた。
慌てるあけを尻目に、桐生はあけを逃がさないよう強く抱きしめる。
「き、きりゅ・・・」
「お前、本当に良かったのか?」
「またそれかよ・・・良いっつってんだろ?」
軽く桐生の腕をつまむが、仕返しとばかりに耳を甘噛みされて力が抜けた。
「ひゃう・・・!」
「こういう事も、滅多に出来なくなるぜ?」
「お前なっ・・・!お前は、私の身体が目的で苗字を預けたのか?そうじゃねぇだろ・・・た、確かに触れてもらえねぇのは寂しいけど、でも、別に・・・!」
続きの言葉は、桐生の唇に飲み込まれた。
あけが逃げようともがくのを、いとも簡単に押さえつける。
そして今まで触れられなかった分を取り戻すかのように、深くあけの口内を貪った。
「ん、ぁっ・・・!ふ・・・!まって!たんまっ!」
「止めるわけねぇだろ。今アイツら達も遊んでていないみたいだしな」
「・・・・んっ!」
あけの腰に手を回しつつ、もう片方の手で優しく頭をなでてやる。
するとあけは急に大人しくなり、布団の中に潜って顔を隠してしまった。
それを許さないとばかりに、桐生があけの耳元に息を吹きかける。
「ちょ、こら、こんな昼間から盛るなっ!」
「あけ・・・桐生、あけ。勝手にすてるなよ、その名前」
「馬鹿・・・捨てるわけ、ねぇだろ・・・」
お互い、照れくさそうなのは消えない。
静かながらも幸せな空間を、ぶち壊したのは意外な人物だった。
「あ、あの、すみません兄貴達。子供達が、その、待ってるんっすけど・・・!」
「「!!」」
力也の声が聞こえた瞬間、桐生とあけは勢いよく布団の外に飛び出した。
今更慌てても遅いらしい。力也はばっちり見ちゃったという顔をしている。
「ほ、ほら、桐生、行こうぜ!子供たちが海で待ってる!」
「あ、あぁ・・・」
あけは先に行く桐生を見ながら、子供たちに冷たい飲み物でもと冷蔵庫の方へ向かった。
「海かー・・・」
ジュースをたくさん抱え、桐生を追って歩き出す。
海の方へ近づくと、子供達の賑やかな声が聞こえ始めた。
パシャパシャと水をかける音が響き、見なくても楽しそうに遊んでる雰囲気が分かる。
「おう!皆!ちゃんと水分補給しろよー!」
「わーい!ありがとう、お姉ちゃん!」
持ってきたジュースを見せると、すぐに子供達が海から上がってきた。
「俺、コーラ!」
「あー!私もそれが飲みたい~!」
「えー!?じゃあ、半分個しよ!」
「うん!」
微笑ましい会話をしながら、またすぐに海へと戻っていく。
その姿を見ながら、桐生はあまり穏やかじゃない表情を浮かべていた。
あけは桐生が何を考えているのかすぐに分かり、やれやれと飽きれるように首を振った。
「・・・なんだ」
「お前、表情硬すぎ。無理しすぎ」
事件のことと、子供たちのことと。
桐生の眉間の皺をツンツンと突きながら言う。
「今日だろ?例の事件のことで、出かけるって話。安心しろ、子供達はちゃーんと私が見とくから!」
「・・・あぁ、ありがとうな」
「無茶すんじゃねぇぞ?」
突き出されたあけの拳に、桐生も軽く拳を合わせる。
「おじさんもお姉ちゃんも遊ぼうよー!」
「・・・あぁ。今すぐ行く」
海の方を見ると、泉が大きく手を振って二人を呼んでいた。
それに気づいた桐生が、楽しそうに遊ぶ子供たちの輪の中に走っていく。
遠くから見る桐生と子供たちは、本当に親の子のようだ。
昔の桐生には無かった色々な表情が、今の桐生にはたくさんある。
あけは着ていたワンピースを脱ぐと、泳ぎ着かれて戻ってきた力也に放り投げた。
「これ、預かっててくれ」
「え、ちょ・・・姉さん・・・!」
「いーじゃん。私、泳いだことねぇから入ってみたいんだよ!」
目の前で堂々と脱ぐあけに顔を赤くしていた力也だったが、中に着ているのも同じワンピースタイプの水着だったのを見て、少し残念そうに視線を彷徨わせた。
「やほーい!」
「うわぁあぁっ!び、びっくりした・・・!」
バッシャァァン!という派手な音と共に、三雄に大量の海水が降り注いだ。
三雄が驚きながら顔を拭う横で、子供のような笑顔を浮かべたあけが海から顔を出す。
「ぷあっはー!すげぇ!海初めてだからなんか感動するな・・・!」
「そうなの?じゃあ、いっぱい泳ごう!」
「おう!」
女の子たちに連れられ、あけが少し沖の方へ出る。
しかしすぐにあけから悲鳴があがり、太一達と遊んでいた桐生が首を傾げた。
楽しそうに泳いでいた女の子達も、不思議そうにあけを見ている。
だが悲鳴の理由もすぐに、あけの真っ青な表情で何となく汲み取ることが出来た。
「お姉ちゃん?どうしたの・・・?」
「あ、いや、その」
「もしかしてお前・・・・泳げねぇのか?」
「うぐっ・・・!」
桐生にトドメの言葉を刺され、ぐったりと項垂れる。
「いや、だって、生まれたときからほとんどあの町やったし・・・!」
「プールぐらい行ったことあるだろう」
「ねぇよ・・・!のやろう!」
「っ・・・!?」
恥ずかしくなって、桐生の顔面に掬い上げた海水をぶっかける。
それを見ていた他の子達も、桐生に水をかけ始めた。
「おじさん食らえーっ!」
「やったな?」
「きゃー!」
桐生が全員の相手をしながら、軽くやり返し始める。
海の水は思ったよりも心地よい温度で、海が初めてのあけでも思いっきりはしゃぐことが出来た。
こうやって、平穏な時間を過ごせるのがとても嬉しい。
今が平穏な時じゃないってことは分かってるけれど・・・それでも、あけにとってこの時間がなによりの幸せだった。
「おいこらあけ。調子に乗るな!」
「ちょ、ぶわっ!息できないからー!」
「あー!またおじさんあけお姉ちゃんいじめてる!」
そうやって遊んでいる内に、真上にあった日が傾き始めた。
日の傾きに気付いた桐生がふとあけの腕を引っ張り、子供達に聞こえないよう囁いた。
「そろそろ、行ってくる」
「・・・おう。気を付けろよ?」
「あぁ。お前も、皆を頼む」
まだまだ遊び足りない顔をする子供達を前に、桐生は
「また遊んでやるからな。ちゃんと、あけのいう事を聞いて良い子で待ってろよ」
と言いながら、タオルで掛けられた水をふき始めた。
子供達は寂しそうにしながらも、きちんと大きな声で返事をする。
それを見て安心した桐生は、即座にスーツを羽織って出かける準備を済ませた。
「慌ただしくてすまない。それじゃあ、行ってくる」
「「「いってらっしゃい!」」」
「いってらっしゃい」
養護施設の桐生としてでなく、昔の桐生としての表情に戻ったのを見て、今回の事件も厄介そうだとあけは肩を竦めた。
何にせよ、すべてが終わって平穏な時が訪れれば、それでいい。
・・・・まぁ、桐生のことだ。
事件に巻き込まれない、ということ自体があり得なさそうだが。
「よーし!お前ら、夜ご飯の準備でもすっぞ!」
「わーい!今日のご飯は何かなー!」
「んー・・・。そうだな、スタミナがつくすき焼きでもどうだ!」
「「「おおおー!」」」
すき焼きと聞いて、子供達――――特に男の子達が大喜びし始めた。
あけは力也に預けたワンピースを取りに海から上がると、まだ遊ぼうとする子供達から女の子だけを呼び集めた。
さすがに料理が出来ると言えど、この人数分を作るには手伝いが必要だ。
呼び集められた女の子達はあけに言われるまでもなく、すぐに「料理の準備するね!」と言って家に帰って行った。
ほんと、良い子達ばっかりだ。
「お姉ちゃん、お肉はここにあるよ~!」
「おうおう。準備はえぇな・・・。ちょっと待ってろ、髪の毛乾かしてくる!」
「うん!じゃあ先に野菜切っとくね!」
「ん、包丁で手をきらねぇようにな」
あけの心配をよそに、慣れた手つきで遥が料理の下ごしらえを始める。
こうやって賑やかな食事や、食事の準備をするのは何年ぶりだろう。
生まれてから物心ついた時には、もうあの世界に居たあけ。
あけはくすぐったい気持ちに襲われながら、待っている遥達の元へと急いだ。
トントントントン。
心地よい包丁の音が聞こえる。
素早くエプロンを巻いたあけも、慣れた手つきで材料の準備を始めた。
「理緒奈~!そこの皿とってくんね?」
「うん!わかった!」
「よいしょっと・・・!」
切り終わった材料を鍋の中に入れ、手際よく進めていく。
すると隣にいたエリが、恥ずかしそうにあけの肘を突いてきた。
どうしたの?と首を傾げれば、笑いながら質問を投げかけてくる。
「お姉ちゃんは、ここに来るまで何してたのー?」
その質問に、遥とあけの動きが止まった。
ここに来るまでしていたことで、子供たちに言えるようなものはあまりない。
というか、ほとんどない。
エリは黙り込んだあけを見て、目をキラキラと輝かせながら返事を待っている。
期待の表情に、更なる冷や汗があけの額に浮かぶ。
どうすればいい?
適当に、バイトの話でもしてしまえば・・・。
「んー、まぁ、食事屋さんのバイトとか・・・。他には・・・」
―――――――――――。
言葉が、掻き消えた。
あけが止めたわけでもなく、誰かが邪魔したわけでもない。
外からの鋭い銃声に、かき消されたのだ。
神室町では何度か聞いたことある音。そしてここでは聞くはずがない音。
いや、ここで、聞いてはいけない音。
「ッ・・・!」
今まで賑やかだった外が一気に静まり返ったのを感じて、あけは素早く火を消した。
そのままゆっくりと、音がしたほうへと向かう。
外のほうには、見慣れないスーツの男と赤いスーツの男・・・・そして大量の部下らしき男たちがいた。
赤いスーツの男は完全にわからないが、もう一人の男にだけは見覚えがあるような気がする。
「(チッ・・・情報屋の私がっ・・・!)」
今まで手に入れた情報はすべて頭に入っているが、沖縄に来る手前の情報はあまり覚えていない。
あけは苛立ちながらも、明らかに普通じゃない雰囲気の中に飛び込んだ。
「てめぇら、何の用だ」
「・・・・」
スーツの男が、出てきたあけを睨み付ける。
男の手元には銃・・・さっきの銃声はこのものらしい。
そしてあけの後ろには、力也と幹夫が足から血を流して倒れていた。
子供たちはすっかり怯えて遥の後ろに隠れている。
遥はそんな子達を両手で庇い、怯える様子を見せることなくスーツの男を睨みつけていた。
「ここがどういうところだか分かってんの?そういう物騒なものを持ってくる場所じゃねぇんだよ!」
「関係ない。・・・やれ」
「やっちまえや、おまえらッ!」
スーツ男の命令に赤スーツの男も声を上げた。
うおおお!という掛け声と共に、後ろにいた部下たちが一斉になだれ込んでくる。
男たちの手にはハンマーやらノコギリやら、物騒なものばかりが握られていた。
こいつらの目的はなんだ?
あけが頭をフル回転させる。
見た感じだと、アサガオを壊そうとしてる・・・としか思えない。
でもそれに何の意味が?これも桐生絡みか?
「おらぁぁっ!」
「やめてぇ!壊しちゃだめ・・・!」
「泉ッ!」
泉の悲鳴に、あけの考えは遮られた。
今は理由はどうだって良い。とりあえずコイツらを止めることだけを考えるしかない。
あけは深く息を吸うと、犬小屋を壊そうとする男の膝にとび蹴りを食らわした。
バランスを崩した男からすかさず武器を奪い、その武器で男の腹を一発殴る。
「がぁぁぁぁっ・・・!」
残酷な光景を、子供たちには見せなくなかった。
でも、こうするしかないんだ。今は。
そう自分に言い聞かせながらあけはハンマーを振り上げ、殺気立つ男たちの前でにんまりと笑ってやった。
「なんなんだ、お前は」
「桐生あけってもんだ。よろしく・・・なァッ!」
「!!」
スーツの男を守っていた奴らを、一気にハンマーで殴りつける。
喧嘩の腕は、まだまだ訛っていないようだ。
次々と襲いかかってくる男たちを目の前に、あけの余裕の表情は消えない。
「なんだこの女ァ・・・しね!」
「死ぬのはお前だ!」
殴りかかってきた男の顔面を一発殴り、そのまま地面へ叩き付ける。
「よいしょー!」
「ぎゃぁあぁあああ!」
「ん?どうしたんだよ、ほら・・・もう1発!」
後ろから襲いかかってきた男を背負い投げし、倒れている男に投げつけた。
次々と倒れていく部下たちを見ながら、スーツの男は一切表情を変えない。
さすがのあけも、多人数の相手には体力の問題があった。
減っていく部下たちと共に増えていく傷。
そして痺れていく身体。
全てをボコボコにするころには、立っているのが限界になっていた。
「ハァッ・・・ちっ。いい運動じゃねぇか」
「お前、桐生の・・・!」
「この家つぶすつもりだったんだろ?ぜってぇ許さねぇ!」
「この、女・・・!」
スーツの男が、ポケットから鍵を取り出す。
それが何のカギなのか、あけにはすぐわかった。
赤いスーツの男が居る場所からすぐ・・・黄色いクレーン車のようなものが見える。
きっと、アレの鍵だ。
こいつらは本気だ。本気でこのあさがおを潰すつもりだ。
あけはそのことを認識すると共に、スーツの男に飛び掛かっていた。
「何をする!」
「がぁっ・・・!」
もう、体力はない。
あけは男の蹴りをあっけなく食らい、遥達が居る場所まで吹き飛ばされた。
だが、なぜか表情は笑っていた。
スーツの男はあけの手元を見つめ、その笑顔の理由をすぐに知り、あけの方へ歩いてきた。
「鍵を返せ、桐生の女」
「いやだね・・・」
「ふ・・・それならそれでいい。桐生への見せしめにまずはお前を・・・」
あけの手元に光る、車のカギ。
スーツの男は転がっていたハンマーを手に取ると、あけに向かって投げつけようとした。
が、それは叶わなかった。
遥があけを守るようにして、立ち塞がったからだ。
男は不機嫌そうにハンマーを下ろし、遥に対して卑しい笑みを浮かべる。
「ふん・・・お前らのようなやつを見てると、虫唾が走るんだよ」
「・・・!」
パチンッ!
遥が無言で、男の頬を叩いた。
周りが静まり返り、子供たちの泣き声だけが響く。
スーツの男はゆっくり顔を上げると、無言で遥の頬を殴り返した。
倒れこむ遥の身体を、あけが慌てて支える。
「てめぇ!何子供に手ぇだしてるんだ!」
「うるさい・・・だまれ」
「おま・・・え・・・!やめろっ!」
険しい表情に変えた男が、遥に向かって拳銃を向けた。
あけは咄嗟に遥を抱え込んだ。
瞬間、腹部に焼けるような痛みが走る。
「ぐっ・・・ぁ・・・!」
「あけおねぇちゃぁあぁああぁんっ!」
子供たちの悲鳴が上がる中、スーツの男は満足そうに立ち去っていく。
あけは腹部を押さえながら倒れこみ、激しくせき込んだ。
血が、大量に流れ落ちる。
咳き込むと喉の奥から血の味が広がり、それが更にあけの胸を苦しめた。
「み、幹夫!急いで包帯もってこいッ!早くっ!」
「す・・・すぐ持ってきます!」
子供たちと力也が、あけを心配そうに取り囲む。
遥は今まで我慢してきたのが吹っ切れたのか、血だらけのあけに抱き着いて泣きじゃくっていた。
「そんな顔するなよ、おまえ・・・ら・・・」
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・あけおねえちゃん・・・!」
「泣くなってバカ・・・家も皆も、守れたんだから、さ?」
遥をそっと抱きしめ、安心させるように頭を撫でる。
遥は強い。でもそれだけ無理してるんだ。
あけは起き上がって遥を安心させようとしたが、傷は思ったより深く、逆に咳き込んで心配させてしまった。
「兄貴、包帯もってきました!」
「あぁ・・・。姉さん、ちょっと服・・・いいっすか?」
「おう・・・・腹捲るぐらいだろうが。そんな恥ずかしそうにされたら私のほうが恥ずかしいっての」
力也が照れくさそうに服を捲るのを見て、あけは苦笑を浮かべた。
「いっ・・・てぇ・・・」
思ってみれば、こんな大怪我をするのは久しぶりだ。
腹部の痛みに苦痛の声を上げ、歯を食いしばる。
その様子を見ていた力也さえも、苦しそうに眉を潜めていた。
と、そこに、砂を蹴るような足音が聞こえてきた。
子供たちはその足音の方向を見ると、一斉に走り出し、泣きついた。
「おじさぁぁん・・・こわかったよぉぉお・・・」
「ひっく・・・!」
「悪かったな・・・怖い思い、させっちまって・・・」
あけはその会話から桐生が戻ってきたことを知ると、安心したように微笑んだ。
桐生は子供たちを軽く宥めた後、あけの様子を見てすぐにあけの元へ駆け寄ってきた。
「あけッ!お前、やられたのかっ・・・!」
「でも、守ったぜ・・・?あさがおも・・・みんなもな・・・!」
「守れとは言ったが、無理しろとはいってねぇだろ!」
「そんな・・・おこ・・・ん・・・な・・・」
「あけッ!!」
うっすらと、意識が飛んでいく。
意識が消えていくあけの耳に、桐生の叫ぶような声は届くことなく闇へと溶けた。
目を開けた先に広がる、白い天井。
それが病院だと分かるまでに、そう時間は掛からなかった。
「やべ、死んだとおもったわ・・・」
「本当だ。馬鹿が・・・心配かけやがって」
あけは静かに周りを見渡す。
どうやら、相当自分は重症だったらしい。
いやまぁ銃で撃たれたし、当たり前なのかもしれないが。
そうやって考え事をしていると、急に額をぺしっと叩かれた。
視線の先には、不機嫌というよりかなり怒った表情の桐生がいた。
「き、きりゅ・・・!」
「今からたっぷり説教してやる。ちゃーんと聞け」
「い・・・イヤデス」
「・・・・あけ?」
返事をする間もなく、塞がれる唇。
お仕置きと言わんばかりに、息をする暇も与えない口づけが交わされる。
「ん、ぅっ・・・!」
「お前が元気になったら、この続き・・・手加減なくしてやるからな。覚悟しておけよ」
「・・・桐生・・・お、おまえ、何そんな怒って・・・!」
今までにも、無茶しすぎて怒らせることは多々あった。
だがその時には見たこともない怒りを、今の桐生は表情として浮かべていた。
きっと、あけが元気だったら殴られていただろう。
あけは気まずそうに視線を逸らすと、自分が怪我したところをゆっくり撫でた。
「っ・・・!」
まだ、傷はあまり治っていないらしい。
痛みに苦しむあけの表情を見て、少しだけ桐生が表情を緩めた。
悲しげにあけの手を取り、そのまま頭を撫でる。
「ん・・・」
「お前がそうやって無茶するから、俺は怖くてお前を連れていけなかったんだ・・・」
「わかって、る。でも私は死なないからさ?なんたってあの桐生だから・・・」
「そういうことを、言ってるんじゃねぇ」
大事だからこそ、慎重になる。
無茶をしたくなる。一緒にいたいのに遠ざけてしまう。
「いいんだ・・・。私はずっと、危険でもいい。桐生の・・・一馬の、傍にいられればいいんだよっ・・・・」
「俺がそれだと良くないんだ。お前を危険な目に合わせたくないんだ」
「それならお前だって同じだろッ・・・!お前だって、私がいてもいなくても、危険なことばっかりしてるじゃねぇか!それが、それが嫌なんだ!」
あけは桐生の役に立ちたくて、知らないところで桐生が傷つくのが嫌で、だから無茶をしてでも傍に居たかっただけ。
桐生はそうやって無茶をするあけを見るのが怖くて、出来るだけ安全な場所にいてほしいと願っただけ。
単純なようで、複雑な気持ちだ。
お互いに、お互いを心配するからこそ起きるすれ違い。
あけは寂しそうに目を閉じると、頭に置かれている桐生の手を頬のほうへ持って行った。
「・・・・危険なのはお互いさまじゃねぇか。最後まで、最期の時が来る時も、私は一馬の傍にいたい・・・!」
「・・・・」
「かず・・・ま・・・?」
「ったく・・・」
首を傾げるあけに、桐生が深いため息を吐く。
「分かった。じゃあもう俺も、我慢するのをやめよう」
「へ?」
桐生は席を立つと、病室の扉の鍵を閉めた。
そしてあけの上に覆いかぶさり、傷を気遣いながらも少し強引にあけの顎をクイッと持ち上げる。
桐生の唇が首筋に触れ、そのまま耳元へ這い上がっていく。
耳が苦手なあけは、ゾクゾクとする感覚に震えながら身を捩った。
でも逃げられない。
いや、逃がしてもらうことも出来ないんだ。
目を逸らすことさえ、もう出来ない。
「お前がそこまで言うなら、ずっと俺の傍においててやる。その代り・・・」
「そのかわり・・・?」
「お前が離れたくても、もう二度と離さねぇ。だからお前が危険な時は俺も首を突っ込む・・・・お前が俺の危険なことに首を突っ込むのなら、俺が全力で守る」
耳元で唇が弧を描くのが分かった。
あけは優しく桐生の背中に手を回し、ありがとうと言いながら桐生の胸に顔をうずめた。
「私も、同じだよ・・・。私も桐生のこと守るし、危険なことがあったら首突っ込む・・・!」
「お前が言うことを聞かないのは今回のことでよおく分かったしな。好きにしろ」
「・・・うん。ありがと、一馬・・・」
夕日が差し込む部屋の中、伸びた2人の影が重なり合う。
再び深い口づけを受けたあけは、桐生の腰に手を回しながらその口づけを精一杯受け入れていた。
これから、ずっと、ずっと一緒だ。
お互いにどんなに危険でも、ずっと。
さよならが来るまで。お互いにお互いを守っていこうよ
(預かった苗字と引き換えに得たのは、危険と隣り合わせの幸せ)
都会にはない涼しい風を浴びて、気持ちよさそうに目を細める。
そして持っていた大きな荷物を肩に担ぐと、慣れない熱さに額をぬぐった。
「暑すぎんだろ・・・ったく」
東城会のゴタゴタが終わった後、桐生はあけを追いて沖縄で養護施設を経営していた。
連絡は頻繁に取っていたのだが、どうしてもあけには耐えられなかったのだ。
桐生との、近いようで遠すぎる距離が。
いつからこんな女女しくなっちまったんだろうな?
あけは心の中で自分をあざ笑いながら、桐生がいるであろう「あさがお」を目指した。
「これから、忙しくなりそうだよなぁ。別な意味で」
大きな荷物の中には、生活用具の全てが入っている。
情報屋は一時的に辞めた。泊りとかに来たわけじゃないのだから。
「(私はあけ・・・桐生あけとして、アイツを追っかけてやるって決めたんだ)」
桐生が沖縄に行く前に、あけへ預けた苗字。
それを背負った後、あけはしばらく考えた。
自分が情報屋として働く理由は―――――――もうない。
だから桐生が必要とするまでは、桐生の傍で役に立とうと決めたのだ。
もし桐生が情報を必要とするときがくれば、また情報屋に戻る。
その時が来るまでは、苗字を預かった者として役に立とう、と。
「まー、黙ってきたし。怒られるだろうけど・・・!」
黙ってきた、というより騙してきた、の方が正しいだろうか。
最近桐生がさっそく事件に巻き込まれたらしく、東京に戻ってきていた隙をついて・・・って感じだ。
じゃないと、即効追い返される可能性だってある。
心配性というより、過保護のラインに突入してきてる桐生は、今回の事件でも私を巻き込まないためにまったくの情報を必要としてこなかった。
それだけじゃない、泊り場所などといったこと全てに関して遠慮してきた。
連絡取るときも健康に関してや、周りの治安などに関して凄く口うるさくなった。
だからすぐに行ってすぐに突っ返されないよう、そして事件の巻き添えをわざと食らうようにこのタイミングで来たわけだ。
「まったく!大切にしてくれるのはありがたいけど、されすぎるともどかしいんだよ・・・!」
慣れない砂浜に足を取られながら歩いていくと、ようやく目的地が見えてきた。
「ん?あれがあさがお・・・か?」
駆け足で近づき、看板を確認する。
大きな家の前には「あさがお」と書かれており、庭にはたくさんの子供たちがいた。
見知らぬヤンキーっぽいのもいるが・・・楽しげに遊んでいるということは、桐生の友達か何かだろう。
「・・・やべ、これどうやって訪ねればいいんだ・・・?」
あさがお前まで来たのは良いものの、もの凄く入りにくい。
明らかに皆、あけのことを知らない人たちばっかりだ。
急に入って驚かせるのも、子供たちに悪すぎる。
でもただのお客さんとして訪ねるには、荷物的に怪しい。
どうする?どうすればいい?と首を傾げ続けていたあけに、突然後ろから聞き覚えのある声がかかった。
「あれ?あけお姉ちゃんだ!」
「あ・・・は、遥ちゃん・・・」
数年前のゴタゴタで、お世話になったりお世話したりした少女。
あけは遥をじーっと見つめ、どんどん可愛くなっていく姿に微笑みを浮かべた。
「まーた可愛くなっちゃって!」
「え!?そ、そんなことないよ・・・!」
遥が照れくさそうに笑う。
そして何かを思いついたように、あけの手を引っ張った。
「ちょうど良かったね!おじさん、もうすぐ帰ってくるんだよ!」
「きょ、今日・・・?」
思ったより早くて驚く。
まぁでも考えてみればそうか。あさがおのことが桐生にはあるのだ。
事件のことばかりには構ってられない、ってことだろう。
数年前より桐生が丸くなってきたのが目に見えて分かる。
あけは嬉しいような悲しいような複雑な感情を覚えながら、遥にあさがおへと案内された。
「遥お姉ちゃん、その人だあれ?」
「この人はね、おじさんと一緒に私を色々お世話してくれた人だよ!」
「へぇー!お姉ちゃん、俺は太一だ!よろしくな!」
元気な男の子に挨拶される。
あけは笑顔で挨拶を返すと、太一と名乗った子の頭を撫でた。
その後、次々と子供たちがあけの周りに集まってきた。 名前を教えてくれる元気な子供たちに、自然と時間を忘れる。
子供たちの自己紹介の後に、ヤクザっぽい人たちの名前も教えてもらった。
どうやら本当に桐生の弟子のようなものらしい。
「姉さん、桐生さんとはどんな関係で・・・?」
「力也・・・。姉さんとかやめて、あけって呼んでくれよ。私は桐生の・・・うーん・・・」
「奥さんだよ!」
遥の衝撃的発言に、本人であるあけでさえ咳き込んでしまう。
「げほっ・・・!ど、どうしてそうなったッ!」
「え?だってあけさん、おじさんの苗字貰ってたよね?」
「えっ、いや、あの・・・そ、それは・・・!」
あけが慌てて真っ赤になっていくのを見て、子供たちが冷やかしにかかってきた。
何とも言えない表現をしているあけに、力也が疑問を口にした。
「でも、兄貴の苗字を貰ってるなんて・・・一体、何者なんだ?」
「何者って・・・私は普通の人間だよ、人間」
「人間ってことぐらい、みりゃあ分かる!」
「いやでも、桐生は化け物の領域だろ?あれ」
「・・・・否定、出来・・・ない・・・」
力也も桐生にボコられたことがあるのだろうか?
何かを思い出したかのように身を震わす力也を見て、あけは頭に疑問符を浮かべた。
そしてすぐに、頭上から殺気を感じて身を翻す。
「とぅっ!」
「遅い!」
「ガハッ・・・!」
避けようとした拳を、まともに受けて撃沈する。
沈んだあけの後ろにいたのは、まぎれもなく桐生だった。
力也は静かに頭を下げ、子供たちは待ってましたとばかりに桐生の周りに集まる。
それにしてもコイツ、なんでああいう悪口のところだけ毎回聴いてるんだ。
地獄耳か。いやもう本気で化け物・・・。
「あけ?」
「ハイ、ナンデモアリマセン」
あけに殴りかかろうとする桐生を、遥がなだめにかかる。
「もー!おじさん、嬉しいからってあんまりあけお姉ちゃんをいじめちゃ駄目でしょ!」
「遥・・・」
遥の言う事は大人しく聞くらしい。
桐生はあけのことを睨みつつも、集まってきた子供たちを集めて家の中へ入るよう促した。
その後に、あけもそっと続く。
あさがおの中は民宿のようになっており、田舎の暖かさが感じられた。
東京ではまったくもって見られない光景だ。
桐生に何度か写真を貰ってはいたが、まさかここまでとは。
「すげぇな・・・。まさかここまでなんて・・・」
「おい、あけ」
「ん?」
「お前、タダで上げさせてもらえると思うなよ。ちゃんとワケを教えろ」
「・・・ですよねー!」
足早に子供たちと同じ場所に座らされたあけは、桐生からの無言の威圧に冷や汗をかき始めていた。
子供たちは桐生の違和感に気付くことなく、今日の夜ご飯はなんだろうとか何とか楽しそうな話をしている。
力也と幹夫は何となく感じ取っているのか、哀れんだ目であけを見ている。南無、といった感じで。
「で?何でお前がここにいるんだ?あんな荷物持ってきて」
桐生の質問に、今更ごまかすものもないと普通に答える。
「もちろん、ここでお前と暮らすため!」
「は・・・?何言ってるんだ、お前。情報屋の仕事は・・・」
「んなもん一時休止!お前がまた必要っていうならやるぜ?迷惑にもならねぇように、ちゃんとお前の手伝いするし!」
「いやまて。俺が言いたいのはそういうことじゃ・・・!」
「桐生ッ!」
あけの声が鋭く響き渡る。
いつものお茶らけた表情は、そこに無かった。
逆に桐生を睨み付け、子供たちを脅かさないように声を荒げないよう話す。
「お前、過保護すぎんだよ。気にし過ぎなんだよ。どうして私をもっと使ってくれねぇんだよ・・・!」
「お前には元の生活ってもんがあるだろ。これは俺がやりたいことなんだ。だから・・・」
「だから!それが余計だっていってんだ!」
身を乗り出し、ピシッと桐生の額を叩く。
桐生は珍しく目を丸くしたまま、あけのことを見つめている。
「苗字くれたの、何のためだよ。実質そういう関係になれたって、喜んでた私は馬鹿ってことか?危ないとか迷惑とかどうでも良い関係なんじゃねぇのかよ?私には何も・・・手伝わせてくれねぇのかよっ・・・!」
手伝いたかった。桐生の役に立ちたかった。
昔はただ生きるために情報屋をやっていたが、物心ついた時からあけは桐生のために情報を集めるようになっていた。
だから、置いて行かれた悲しみは凄く大きくて。
たとえ自分のことを思ってのことだとしても、苗字を預けられたとしても、あけには耐えられなかったのだ。
「あけ・・・すまない。もう、置いて行かない。だからそんな顔をするのはやめてくれ・・・」
「・・・うん」
「ひゅー!ひゅー!」
「ッ・・・!おい、太一!からかうのはやめろ!」
泣きそうな顔をしていたあけを桐生が抱きしめると、後ろの子供たちから茶化しの声が上がった。
桐生はそれに怒りながらも、若干照れくさそうに笑う。
「・・・ようし、じゃあさっそく手伝ってもらおうか。飯作るぞ、飯」
「おーう!任せろ!」
その言葉を聞いた子供たちが、カレーだの焼肉だの好きなものを叫び始める。
食べ盛りの子供たちだ。桐生が丸くなっていくのも頷ける。
あけは料理を手伝おうとする女の子達に「今日は任せろ!」と言い、すぐさま桐生の元へと向かった。
「おーい!桐生!起きろー!」
あれから数日しか経ってないが、あけもすっかりあさがおの暮らしになれていた。
朝早くでも元気な子供たちに追い付けなかったあけは、まだ寝ている桐生を起こしに行く。
「おいこら、起きろ~!」
子供達は海に遊びに行っているため、部屋の中はとても静かだ。
自分まで寝落ちしてしまわないように気を付けながら、寝ている桐生の頬をペチペチと叩いた。
反応は全くない。
それに痺れを切らしたあけが、すぅっと大きく息を吸う。
そして桐生の耳元に近づくと、思いっきり叫ぶのではなく、息を吐き出すようにして囁いた。
「おきろっつってんだろ、このハーゲーやーろー・・・うっお・・!?」
突如あけの体勢がガクンと傾き、気づけば桐生の腕の中にいた。
慌てるあけを尻目に、桐生はあけを逃がさないよう強く抱きしめる。
「き、きりゅ・・・」
「お前、本当に良かったのか?」
「またそれかよ・・・良いっつってんだろ?」
軽く桐生の腕をつまむが、仕返しとばかりに耳を甘噛みされて力が抜けた。
「ひゃう・・・!」
「こういう事も、滅多に出来なくなるぜ?」
「お前なっ・・・!お前は、私の身体が目的で苗字を預けたのか?そうじゃねぇだろ・・・た、確かに触れてもらえねぇのは寂しいけど、でも、別に・・・!」
続きの言葉は、桐生の唇に飲み込まれた。
あけが逃げようともがくのを、いとも簡単に押さえつける。
そして今まで触れられなかった分を取り戻すかのように、深くあけの口内を貪った。
「ん、ぁっ・・・!ふ・・・!まって!たんまっ!」
「止めるわけねぇだろ。今アイツら達も遊んでていないみたいだしな」
「・・・・んっ!」
あけの腰に手を回しつつ、もう片方の手で優しく頭をなでてやる。
するとあけは急に大人しくなり、布団の中に潜って顔を隠してしまった。
それを許さないとばかりに、桐生があけの耳元に息を吹きかける。
「ちょ、こら、こんな昼間から盛るなっ!」
「あけ・・・桐生、あけ。勝手にすてるなよ、その名前」
「馬鹿・・・捨てるわけ、ねぇだろ・・・」
お互い、照れくさそうなのは消えない。
静かながらも幸せな空間を、ぶち壊したのは意外な人物だった。
「あ、あの、すみません兄貴達。子供達が、その、待ってるんっすけど・・・!」
「「!!」」
力也の声が聞こえた瞬間、桐生とあけは勢いよく布団の外に飛び出した。
今更慌てても遅いらしい。力也はばっちり見ちゃったという顔をしている。
「ほ、ほら、桐生、行こうぜ!子供たちが海で待ってる!」
「あ、あぁ・・・」
あけは先に行く桐生を見ながら、子供たちに冷たい飲み物でもと冷蔵庫の方へ向かった。
「海かー・・・」
ジュースをたくさん抱え、桐生を追って歩き出す。
海の方へ近づくと、子供達の賑やかな声が聞こえ始めた。
パシャパシャと水をかける音が響き、見なくても楽しそうに遊んでる雰囲気が分かる。
「おう!皆!ちゃんと水分補給しろよー!」
「わーい!ありがとう、お姉ちゃん!」
持ってきたジュースを見せると、すぐに子供達が海から上がってきた。
「俺、コーラ!」
「あー!私もそれが飲みたい~!」
「えー!?じゃあ、半分個しよ!」
「うん!」
微笑ましい会話をしながら、またすぐに海へと戻っていく。
その姿を見ながら、桐生はあまり穏やかじゃない表情を浮かべていた。
あけは桐生が何を考えているのかすぐに分かり、やれやれと飽きれるように首を振った。
「・・・なんだ」
「お前、表情硬すぎ。無理しすぎ」
事件のことと、子供たちのことと。
桐生の眉間の皺をツンツンと突きながら言う。
「今日だろ?例の事件のことで、出かけるって話。安心しろ、子供達はちゃーんと私が見とくから!」
「・・・あぁ、ありがとうな」
「無茶すんじゃねぇぞ?」
突き出されたあけの拳に、桐生も軽く拳を合わせる。
「おじさんもお姉ちゃんも遊ぼうよー!」
「・・・あぁ。今すぐ行く」
海の方を見ると、泉が大きく手を振って二人を呼んでいた。
それに気づいた桐生が、楽しそうに遊ぶ子供たちの輪の中に走っていく。
遠くから見る桐生と子供たちは、本当に親の子のようだ。
昔の桐生には無かった色々な表情が、今の桐生にはたくさんある。
あけは着ていたワンピースを脱ぐと、泳ぎ着かれて戻ってきた力也に放り投げた。
「これ、預かっててくれ」
「え、ちょ・・・姉さん・・・!」
「いーじゃん。私、泳いだことねぇから入ってみたいんだよ!」
目の前で堂々と脱ぐあけに顔を赤くしていた力也だったが、中に着ているのも同じワンピースタイプの水着だったのを見て、少し残念そうに視線を彷徨わせた。
「やほーい!」
「うわぁあぁっ!び、びっくりした・・・!」
バッシャァァン!という派手な音と共に、三雄に大量の海水が降り注いだ。
三雄が驚きながら顔を拭う横で、子供のような笑顔を浮かべたあけが海から顔を出す。
「ぷあっはー!すげぇ!海初めてだからなんか感動するな・・・!」
「そうなの?じゃあ、いっぱい泳ごう!」
「おう!」
女の子たちに連れられ、あけが少し沖の方へ出る。
しかしすぐにあけから悲鳴があがり、太一達と遊んでいた桐生が首を傾げた。
楽しそうに泳いでいた女の子達も、不思議そうにあけを見ている。
だが悲鳴の理由もすぐに、あけの真っ青な表情で何となく汲み取ることが出来た。
「お姉ちゃん?どうしたの・・・?」
「あ、いや、その」
「もしかしてお前・・・・泳げねぇのか?」
「うぐっ・・・!」
桐生にトドメの言葉を刺され、ぐったりと項垂れる。
「いや、だって、生まれたときからほとんどあの町やったし・・・!」
「プールぐらい行ったことあるだろう」
「ねぇよ・・・!のやろう!」
「っ・・・!?」
恥ずかしくなって、桐生の顔面に掬い上げた海水をぶっかける。
それを見ていた他の子達も、桐生に水をかけ始めた。
「おじさん食らえーっ!」
「やったな?」
「きゃー!」
桐生が全員の相手をしながら、軽くやり返し始める。
海の水は思ったよりも心地よい温度で、海が初めてのあけでも思いっきりはしゃぐことが出来た。
こうやって、平穏な時間を過ごせるのがとても嬉しい。
今が平穏な時じゃないってことは分かってるけれど・・・それでも、あけにとってこの時間がなによりの幸せだった。
「おいこらあけ。調子に乗るな!」
「ちょ、ぶわっ!息できないからー!」
「あー!またおじさんあけお姉ちゃんいじめてる!」
そうやって遊んでいる内に、真上にあった日が傾き始めた。
日の傾きに気付いた桐生がふとあけの腕を引っ張り、子供達に聞こえないよう囁いた。
「そろそろ、行ってくる」
「・・・おう。気を付けろよ?」
「あぁ。お前も、皆を頼む」
まだまだ遊び足りない顔をする子供達を前に、桐生は
「また遊んでやるからな。ちゃんと、あけのいう事を聞いて良い子で待ってろよ」
と言いながら、タオルで掛けられた水をふき始めた。
子供達は寂しそうにしながらも、きちんと大きな声で返事をする。
それを見て安心した桐生は、即座にスーツを羽織って出かける準備を済ませた。
「慌ただしくてすまない。それじゃあ、行ってくる」
「「「いってらっしゃい!」」」
「いってらっしゃい」
養護施設の桐生としてでなく、昔の桐生としての表情に戻ったのを見て、今回の事件も厄介そうだとあけは肩を竦めた。
何にせよ、すべてが終わって平穏な時が訪れれば、それでいい。
・・・・まぁ、桐生のことだ。
事件に巻き込まれない、ということ自体があり得なさそうだが。
「よーし!お前ら、夜ご飯の準備でもすっぞ!」
「わーい!今日のご飯は何かなー!」
「んー・・・。そうだな、スタミナがつくすき焼きでもどうだ!」
「「「おおおー!」」」
すき焼きと聞いて、子供達――――特に男の子達が大喜びし始めた。
あけは力也に預けたワンピースを取りに海から上がると、まだ遊ぼうとする子供達から女の子だけを呼び集めた。
さすがに料理が出来ると言えど、この人数分を作るには手伝いが必要だ。
呼び集められた女の子達はあけに言われるまでもなく、すぐに「料理の準備するね!」と言って家に帰って行った。
ほんと、良い子達ばっかりだ。
「お姉ちゃん、お肉はここにあるよ~!」
「おうおう。準備はえぇな・・・。ちょっと待ってろ、髪の毛乾かしてくる!」
「うん!じゃあ先に野菜切っとくね!」
「ん、包丁で手をきらねぇようにな」
あけの心配をよそに、慣れた手つきで遥が料理の下ごしらえを始める。
こうやって賑やかな食事や、食事の準備をするのは何年ぶりだろう。
生まれてから物心ついた時には、もうあの世界に居たあけ。
あけはくすぐったい気持ちに襲われながら、待っている遥達の元へと急いだ。
トントントントン。
心地よい包丁の音が聞こえる。
素早くエプロンを巻いたあけも、慣れた手つきで材料の準備を始めた。
「理緒奈~!そこの皿とってくんね?」
「うん!わかった!」
「よいしょっと・・・!」
切り終わった材料を鍋の中に入れ、手際よく進めていく。
すると隣にいたエリが、恥ずかしそうにあけの肘を突いてきた。
どうしたの?と首を傾げれば、笑いながら質問を投げかけてくる。
「お姉ちゃんは、ここに来るまで何してたのー?」
その質問に、遥とあけの動きが止まった。
ここに来るまでしていたことで、子供たちに言えるようなものはあまりない。
というか、ほとんどない。
エリは黙り込んだあけを見て、目をキラキラと輝かせながら返事を待っている。
期待の表情に、更なる冷や汗があけの額に浮かぶ。
どうすればいい?
適当に、バイトの話でもしてしまえば・・・。
「んー、まぁ、食事屋さんのバイトとか・・・。他には・・・」
―――――――――――。
言葉が、掻き消えた。
あけが止めたわけでもなく、誰かが邪魔したわけでもない。
外からの鋭い銃声に、かき消されたのだ。
神室町では何度か聞いたことある音。そしてここでは聞くはずがない音。
いや、ここで、聞いてはいけない音。
「ッ・・・!」
今まで賑やかだった外が一気に静まり返ったのを感じて、あけは素早く火を消した。
そのままゆっくりと、音がしたほうへと向かう。
外のほうには、見慣れないスーツの男と赤いスーツの男・・・・そして大量の部下らしき男たちがいた。
赤いスーツの男は完全にわからないが、もう一人の男にだけは見覚えがあるような気がする。
「(チッ・・・情報屋の私がっ・・・!)」
今まで手に入れた情報はすべて頭に入っているが、沖縄に来る手前の情報はあまり覚えていない。
あけは苛立ちながらも、明らかに普通じゃない雰囲気の中に飛び込んだ。
「てめぇら、何の用だ」
「・・・・」
スーツの男が、出てきたあけを睨み付ける。
男の手元には銃・・・さっきの銃声はこのものらしい。
そしてあけの後ろには、力也と幹夫が足から血を流して倒れていた。
子供たちはすっかり怯えて遥の後ろに隠れている。
遥はそんな子達を両手で庇い、怯える様子を見せることなくスーツの男を睨みつけていた。
「ここがどういうところだか分かってんの?そういう物騒なものを持ってくる場所じゃねぇんだよ!」
「関係ない。・・・やれ」
「やっちまえや、おまえらッ!」
スーツ男の命令に赤スーツの男も声を上げた。
うおおお!という掛け声と共に、後ろにいた部下たちが一斉になだれ込んでくる。
男たちの手にはハンマーやらノコギリやら、物騒なものばかりが握られていた。
こいつらの目的はなんだ?
あけが頭をフル回転させる。
見た感じだと、アサガオを壊そうとしてる・・・としか思えない。
でもそれに何の意味が?これも桐生絡みか?
「おらぁぁっ!」
「やめてぇ!壊しちゃだめ・・・!」
「泉ッ!」
泉の悲鳴に、あけの考えは遮られた。
今は理由はどうだって良い。とりあえずコイツらを止めることだけを考えるしかない。
あけは深く息を吸うと、犬小屋を壊そうとする男の膝にとび蹴りを食らわした。
バランスを崩した男からすかさず武器を奪い、その武器で男の腹を一発殴る。
「がぁぁぁぁっ・・・!」
残酷な光景を、子供たちには見せなくなかった。
でも、こうするしかないんだ。今は。
そう自分に言い聞かせながらあけはハンマーを振り上げ、殺気立つ男たちの前でにんまりと笑ってやった。
「なんなんだ、お前は」
「桐生あけってもんだ。よろしく・・・なァッ!」
「!!」
スーツの男を守っていた奴らを、一気にハンマーで殴りつける。
喧嘩の腕は、まだまだ訛っていないようだ。
次々と襲いかかってくる男たちを目の前に、あけの余裕の表情は消えない。
「なんだこの女ァ・・・しね!」
「死ぬのはお前だ!」
殴りかかってきた男の顔面を一発殴り、そのまま地面へ叩き付ける。
「よいしょー!」
「ぎゃぁあぁあああ!」
「ん?どうしたんだよ、ほら・・・もう1発!」
後ろから襲いかかってきた男を背負い投げし、倒れている男に投げつけた。
次々と倒れていく部下たちを見ながら、スーツの男は一切表情を変えない。
さすがのあけも、多人数の相手には体力の問題があった。
減っていく部下たちと共に増えていく傷。
そして痺れていく身体。
全てをボコボコにするころには、立っているのが限界になっていた。
「ハァッ・・・ちっ。いい運動じゃねぇか」
「お前、桐生の・・・!」
「この家つぶすつもりだったんだろ?ぜってぇ許さねぇ!」
「この、女・・・!」
スーツの男が、ポケットから鍵を取り出す。
それが何のカギなのか、あけにはすぐわかった。
赤いスーツの男が居る場所からすぐ・・・黄色いクレーン車のようなものが見える。
きっと、アレの鍵だ。
こいつらは本気だ。本気でこのあさがおを潰すつもりだ。
あけはそのことを認識すると共に、スーツの男に飛び掛かっていた。
「何をする!」
「がぁっ・・・!」
もう、体力はない。
あけは男の蹴りをあっけなく食らい、遥達が居る場所まで吹き飛ばされた。
だが、なぜか表情は笑っていた。
スーツの男はあけの手元を見つめ、その笑顔の理由をすぐに知り、あけの方へ歩いてきた。
「鍵を返せ、桐生の女」
「いやだね・・・」
「ふ・・・それならそれでいい。桐生への見せしめにまずはお前を・・・」
あけの手元に光る、車のカギ。
スーツの男は転がっていたハンマーを手に取ると、あけに向かって投げつけようとした。
が、それは叶わなかった。
遥があけを守るようにして、立ち塞がったからだ。
男は不機嫌そうにハンマーを下ろし、遥に対して卑しい笑みを浮かべる。
「ふん・・・お前らのようなやつを見てると、虫唾が走るんだよ」
「・・・!」
パチンッ!
遥が無言で、男の頬を叩いた。
周りが静まり返り、子供たちの泣き声だけが響く。
スーツの男はゆっくり顔を上げると、無言で遥の頬を殴り返した。
倒れこむ遥の身体を、あけが慌てて支える。
「てめぇ!何子供に手ぇだしてるんだ!」
「うるさい・・・だまれ」
「おま・・・え・・・!やめろっ!」
険しい表情に変えた男が、遥に向かって拳銃を向けた。
あけは咄嗟に遥を抱え込んだ。
瞬間、腹部に焼けるような痛みが走る。
「ぐっ・・・ぁ・・・!」
「あけおねぇちゃぁあぁああぁんっ!」
子供たちの悲鳴が上がる中、スーツの男は満足そうに立ち去っていく。
あけは腹部を押さえながら倒れこみ、激しくせき込んだ。
血が、大量に流れ落ちる。
咳き込むと喉の奥から血の味が広がり、それが更にあけの胸を苦しめた。
「み、幹夫!急いで包帯もってこいッ!早くっ!」
「す・・・すぐ持ってきます!」
子供たちと力也が、あけを心配そうに取り囲む。
遥は今まで我慢してきたのが吹っ切れたのか、血だらけのあけに抱き着いて泣きじゃくっていた。
「そんな顔するなよ、おまえ・・・ら・・・」
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・あけおねえちゃん・・・!」
「泣くなってバカ・・・家も皆も、守れたんだから、さ?」
遥をそっと抱きしめ、安心させるように頭を撫でる。
遥は強い。でもそれだけ無理してるんだ。
あけは起き上がって遥を安心させようとしたが、傷は思ったより深く、逆に咳き込んで心配させてしまった。
「兄貴、包帯もってきました!」
「あぁ・・・。姉さん、ちょっと服・・・いいっすか?」
「おう・・・・腹捲るぐらいだろうが。そんな恥ずかしそうにされたら私のほうが恥ずかしいっての」
力也が照れくさそうに服を捲るのを見て、あけは苦笑を浮かべた。
「いっ・・・てぇ・・・」
思ってみれば、こんな大怪我をするのは久しぶりだ。
腹部の痛みに苦痛の声を上げ、歯を食いしばる。
その様子を見ていた力也さえも、苦しそうに眉を潜めていた。
と、そこに、砂を蹴るような足音が聞こえてきた。
子供たちはその足音の方向を見ると、一斉に走り出し、泣きついた。
「おじさぁぁん・・・こわかったよぉぉお・・・」
「ひっく・・・!」
「悪かったな・・・怖い思い、させっちまって・・・」
あけはその会話から桐生が戻ってきたことを知ると、安心したように微笑んだ。
桐生は子供たちを軽く宥めた後、あけの様子を見てすぐにあけの元へ駆け寄ってきた。
「あけッ!お前、やられたのかっ・・・!」
「でも、守ったぜ・・・?あさがおも・・・みんなもな・・・!」
「守れとは言ったが、無理しろとはいってねぇだろ!」
「そんな・・・おこ・・・ん・・・な・・・」
「あけッ!!」
うっすらと、意識が飛んでいく。
意識が消えていくあけの耳に、桐生の叫ぶような声は届くことなく闇へと溶けた。
目を開けた先に広がる、白い天井。
それが病院だと分かるまでに、そう時間は掛からなかった。
「やべ、死んだとおもったわ・・・」
「本当だ。馬鹿が・・・心配かけやがって」
あけは静かに周りを見渡す。
どうやら、相当自分は重症だったらしい。
いやまぁ銃で撃たれたし、当たり前なのかもしれないが。
そうやって考え事をしていると、急に額をぺしっと叩かれた。
視線の先には、不機嫌というよりかなり怒った表情の桐生がいた。
「き、きりゅ・・・!」
「今からたっぷり説教してやる。ちゃーんと聞け」
「い・・・イヤデス」
「・・・・あけ?」
返事をする間もなく、塞がれる唇。
お仕置きと言わんばかりに、息をする暇も与えない口づけが交わされる。
「ん、ぅっ・・・!」
「お前が元気になったら、この続き・・・手加減なくしてやるからな。覚悟しておけよ」
「・・・桐生・・・お、おまえ、何そんな怒って・・・!」
今までにも、無茶しすぎて怒らせることは多々あった。
だがその時には見たこともない怒りを、今の桐生は表情として浮かべていた。
きっと、あけが元気だったら殴られていただろう。
あけは気まずそうに視線を逸らすと、自分が怪我したところをゆっくり撫でた。
「っ・・・!」
まだ、傷はあまり治っていないらしい。
痛みに苦しむあけの表情を見て、少しだけ桐生が表情を緩めた。
悲しげにあけの手を取り、そのまま頭を撫でる。
「ん・・・」
「お前がそうやって無茶するから、俺は怖くてお前を連れていけなかったんだ・・・」
「わかって、る。でも私は死なないからさ?なんたってあの桐生だから・・・」
「そういうことを、言ってるんじゃねぇ」
大事だからこそ、慎重になる。
無茶をしたくなる。一緒にいたいのに遠ざけてしまう。
「いいんだ・・・。私はずっと、危険でもいい。桐生の・・・一馬の、傍にいられればいいんだよっ・・・・」
「俺がそれだと良くないんだ。お前を危険な目に合わせたくないんだ」
「それならお前だって同じだろッ・・・!お前だって、私がいてもいなくても、危険なことばっかりしてるじゃねぇか!それが、それが嫌なんだ!」
あけは桐生の役に立ちたくて、知らないところで桐生が傷つくのが嫌で、だから無茶をしてでも傍に居たかっただけ。
桐生はそうやって無茶をするあけを見るのが怖くて、出来るだけ安全な場所にいてほしいと願っただけ。
単純なようで、複雑な気持ちだ。
お互いに、お互いを心配するからこそ起きるすれ違い。
あけは寂しそうに目を閉じると、頭に置かれている桐生の手を頬のほうへ持って行った。
「・・・・危険なのはお互いさまじゃねぇか。最後まで、最期の時が来る時も、私は一馬の傍にいたい・・・!」
「・・・・」
「かず・・・ま・・・?」
「ったく・・・」
首を傾げるあけに、桐生が深いため息を吐く。
「分かった。じゃあもう俺も、我慢するのをやめよう」
「へ?」
桐生は席を立つと、病室の扉の鍵を閉めた。
そしてあけの上に覆いかぶさり、傷を気遣いながらも少し強引にあけの顎をクイッと持ち上げる。
桐生の唇が首筋に触れ、そのまま耳元へ這い上がっていく。
耳が苦手なあけは、ゾクゾクとする感覚に震えながら身を捩った。
でも逃げられない。
いや、逃がしてもらうことも出来ないんだ。
目を逸らすことさえ、もう出来ない。
「お前がそこまで言うなら、ずっと俺の傍においててやる。その代り・・・」
「そのかわり・・・?」
「お前が離れたくても、もう二度と離さねぇ。だからお前が危険な時は俺も首を突っ込む・・・・お前が俺の危険なことに首を突っ込むのなら、俺が全力で守る」
耳元で唇が弧を描くのが分かった。
あけは優しく桐生の背中に手を回し、ありがとうと言いながら桐生の胸に顔をうずめた。
「私も、同じだよ・・・。私も桐生のこと守るし、危険なことがあったら首突っ込む・・・!」
「お前が言うことを聞かないのは今回のことでよおく分かったしな。好きにしろ」
「・・・うん。ありがと、一馬・・・」
夕日が差し込む部屋の中、伸びた2人の影が重なり合う。
再び深い口づけを受けたあけは、桐生の腰に手を回しながらその口づけを精一杯受け入れていた。
これから、ずっと、ずっと一緒だ。
お互いにどんなに危険でも、ずっと。
さよならが来るまで。お互いにお互いを守っていこうよ
(預かった苗字と引き換えに得たのは、危険と隣り合わせの幸せ)
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