いらっしゃいませ!
名前変更所
あれから1年、か。
私は家に飾ってあったカレンダーを捲り、丸印が付いている日にちを指でなぞった。
今日は、風間のおじいちゃん達の墓に、お墓参りをしに行く日だ。
あの事件を鮮明に思い出させる、辛い1日になるだろう。
でも、行かなくちゃいけない。
辛さを忘れても、あの“事件”自体から逃げるわけにはいかないから。
たくさんの大事な人が死に、そして違うものを得るきっかけになったあの事件。
私は桐生や遥に少しでも辛さを忘れてもらうため、この1年間努力してきた。
でも、この日だけは避けられない。
大事な人を、想う日だけは。
私は準備しておいた花束を水から引き上げると、出かける準備をしていた遥に手渡した。
「遥、これも頼む」
「うん、分かった。・・・あれ、お姉ちゃん、おじさんは?」
「あー・・・まだ寝てるかもな。起こしてくるよ」
大事な日だってのに呑気に寝やがって。
私は飽きれながら部屋に戻り、桐生が寝ているベッドに近づいた。
「おーい、桐生。起きろー」
「う・・・・うう・・・・」
「・・・桐生?」
何か言っている?魘されているのか?
良く見ると、桐生の額に汗がびっしょりと浮かんでいる。
呑気に寝てるだけだったら、飛び蹴りでもしてやろうと思ったのに。
こんなんじゃ、叩き起こすわけにもいかない。
「桐生・・・」
「・・・・に・・・しき・・・」
「・・・・」
どうやら桐生は、あの事件の事で魘されているようだ。
小さく聞こえる呻き声の中に、聞いたことのある名前がいくつか入っていた。
苦しそうに響く声。流れ出る汗。
私にはどうしてやることも出来ず、ただただ桐生の身体を抱きしめた。
人の夢にまで干渉して、救ってやることはさすがに出来ねぇ。
「桐生・・・」
優しく名前を呼んで、起きるのを待つ。
滲み出る汗を袖で拭いてやれば、少し表情が柔らかくなった気がした。
とりあえず、起こしてやった方が良いだろう。
私は静かに耳元に近づき、桐生の名前を優しく呼んだ。
出来るだけ悪夢から解放されるよう、柔らかい声で。
「桐生・・・起きろ、桐生・・・」
「う・・・」
「・・・桐生、ほら、起きろ」
「・・・あけ・・・」
「ん?どうし・・・うおっ!?」
やっと起きたかと思うと、桐生にがっしりと腕を掴まれた。
いきなり何するんだ!と怒ろうとした口は、すぐに唇で塞がれる。
こ、こいつ、朝から調子に乗りすぎだろ!
何とか抜け出して逃げようにも、後頭部を押さえ付けられてて逃げられない。
朝から濃厚な口付けを味わうことになった私は、解放されてすぐ声を上げた。
「て、てめぇ・・・。人が心配してやったのに、いきなり何しやがる!」
「お前がそんな顔で・・・覗き込んできてるのが悪いんだろ」
「私のせいかよ・・・!」
「あぁ、お前のせいだ」
すっぱりと言い切られ、怒る気も失せる。
どうせこいつに口で挑んだって、私に勝ち目は無いんだ。
もちろん、力では尚更の事。
これ以上変なことをされる前に、今日の予定を伝える。
「おーい、桐生。今日は墓参り行く日だぜ?覚えてるか?」
「・・・ん?あぁ。そういえばそうだったな」
「そうだったな、じゃねぇよ。もう遥も私も準備終わったぜ?ちゃっちゃと着替えろ」
「分かった」
桐生が部屋を出ていくのを見ながら、私は再び出かける準備に戻った。
お墓参りだからな。おじいちゃんの好きな物、お供えしてやらないと。
昔好きだった煙草の銘柄とか、あと良く食べてたお菓子とか。
おじいちゃんがお菓子好きになったのは、私のせいだったりする。
小さいころに良く強請って、一緒に食べてたから。
「よし・・・っと。こんなもんか」
ありったけのお供え物を詰め、鍵を手に取る。
どうやら遥も準備が終わったらしい。
「お姉ちゃん、おじさんは?」
「まだ準備中。ったく、のんびり寝てやがるから・・・・」
魘されてたし、そこまで責める気はねぇけどさ。
飽きれた表情で遥に笑いかけると、遥も似たような表情を浮かべて笑った。
あぁ、早く色々とおじいちゃんに報告したい。
桐生と仲良くやってます、なんて言ったら・・・なんて言うかな、おじいちゃん。
お供え物や花束だけじゃなくて、おじいちゃんに伝えたいことは山ほどある。
これからのこと、今までの事、全部報告しなきゃいけねぇ。
「おーい、桐生っ!早くしろー!」
「おじさん早くー!」
「早くしねぇと置いてくぞハゲ」
「・・・後で覚えてろよ、あけ」
「さ、さーってと。先出ててようか、遥」
「うん!」
私は遥を連れ、桐生より先に家を出た。
さっきまで晴れていた空は、どことなく雲に覆われ始めている。
とりあえず、折り畳み傘ぐらいは持っていくとするか。
雨にならないことを祈りながら、私は桐生が来るのを扉の前で待っていた。
おじいちゃん、久しぶり会いに行くぜ
(私の願いが通じたのか、空は曇り空のままだった)
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