いらっしゃいませ!
名前変更所
くるくるカールの茶髪ウィッグを被り、化粧で顔を変え、完全な女になって男を騙す。
それが本来の私がする、情報屋としての裏の顔だ。
こんな偽りの姿を作ったって、本当のキャバ嬢達に勝てないのは知っている。
だって他のキャバ嬢は皆、自分の美しさを売るために自分を磨き、働いているから。
私みたいな目的でこの仕事をする人は少ない方だろう。
まぁ、ワケ有りでやってる人もいるとは思うが。
「んでさぁ、この前なんか、ソイツにカチコミかけてやったってわけよ」
「そうなんですかぁ~!分からないけど・・・やっぱりお兄さん、すっごくカッコいいです!もっとたくさん、カッコイイお話聞かせてください!」
後は長年の経験で得た、相手を術中にハメる話術。
そしていかにも、何も知らない女性のフリをする。
今日もたんまりと色んな情報を得ることが出来た。
適当に男の相手をし、時間になったらそそくさと帰る。
あんまり長い間、こんなことしてたくないしな。
「うあー。今日も疲れたぁ・・・」
たくさんの情報を手に、ウィッグを外して偽りの姿から解放される。
いやー、それにしても今日は大量だ。
いつもなら得られないような情報を、たくさん聞くことが出来た。
高いお酒を入れてもらった上にこの情報量。
あの男まだまだ使えそうだな、と。手帳に軽く男の名前をメモろうとした、その時だった。
―――――ピルルルル。
普段鳴らない、通話着信を知らせるメロディが私を止める。
「ん?電話?」
いつもはメールだけだし、こんな時間に誰だ?
不審に思って画面を開くと、そこに表示されている名前は意外な人物のものだった。
こんな時間には掛けてこないような人物の名前に、私は慌てて通話ボタンを押す。
また何かあったのか?と顔を顰めて繋がるのを待てば、聞こえてきた声は可愛らしいもので。
「・・・遥?」
「お姉ちゃん、今、大丈夫かな・・・?」
「あぁ、大丈夫だぜ。どうした?遥が電話なんて珍しいな」
桐生からの電話ってだけでも驚きものなのに。
相手が遥だと知って、私はもっと驚いた。
ただいまの時間、夜中の0時半。
桐生自体ならまだしも、遥がこんな時間に理由なく掛けてくるわけがない。
「・・・あのね、お姉ちゃん・・・」
「うん?どうした?何でもいい、言ってみろ」
「おじさんが・・・」
「桐生が?桐生がどうした・・・!?」
嫌な予感がして、先を急かすように声を上げた。
おっと、待て待て。なんでこんなに慌ててるんだよ。
桐生への感情を、まだ私は捨て切れてないらしい。
アイツに何かあったかと思うと、すぐにこうやって慌ててしまう。
落ち着くために私はあの“ペンダント”を取り出し、そっと中身を開いた。
「遥?」
「うん・・・えっと・・・ね・・・」
「・・・?」
あの時、由美さんから貰ったペンダント。
中身の写真はその時に入っていた写真と、追加で、隠し撮りした桐生の寝顔の写真をいれてある。
遥に頼まれて悪戯で撮ったものだったけど・・・今では私の心の支えだ。
桐生には想い人が居た。だから私は遠くから見守るだけで良い、と。
自分の気持ちを抑えつけるための、精神安定剤のようなもの。
「どうした、遥?言いにくいことなのか?」
「ううん。そうじゃないの。でも、こんな時間だし・・・」
「遠慮したらデコピンするぞ遥ッ!って脅されたって言っとけ」
「あはは!分かった!じゃあ言うね・・・おじさんが、風邪で苦しんでるの。でも、夜だし薬とか買いに行けないし・・・ご飯とかは作れるけど、あんまり材料なくて・・・」
「あー・・・なるほどな」
恨んでるやつに連れ去られちゃって、とかじゃなくて良かった。
私はホッと胸を撫で下ろし、遥を落ち着けるように笑う。
「分かった、明日休みだし今から行くよ」
「大丈夫?」
「タクシーで行くぐらいの金ぐらいあるから心配するなって。薬も私が調合したのがあるし、行く途中で材料もたくさん買ってきてやるから」
「・・・ありがとう、お姉ちゃん!」
「おう。私が来るまで、桐生に氷枕とかしといてやってくれ」
「うん!分かった!」
ピッ、と無機質に切れた電話を即座にポケットに入れ、私は急いでタクシーを探し出した。
それにしても、あの桐生が風邪とはな。
珍しすぎて、逆に心配になるじゃねぇか。
アイツに関しては、丈夫なイメージしか無い。
強いし人間離れしてるしで、風邪を引かないというイメージが勝手に定着していた。
タクシーを止め、桐生が住むアパートの住所を運転手に伝える。
心無しか急いでしまうのは、桐生が珍しい風邪を引いたせいだとでも思っておこう。
「さーって、朝飯は何にしてやるかねぇ・・・」
栄養のあるご飯?野菜たっぷりのスープとか?
っつか桐生って嫌いな食べ物とかあるのか?
そんな主婦みたいなことを考えながら、桐生の所に急ぐ私を、眠気が襲うまであと15分。
起きたら予定時刻より1時間以上オーバーしてて、私は慌ててコンビニに駆け込んだ
(急がないと、遥に怒られちゃうからな)
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