いらっしゃいませ!
名前変更所
伊達さんからの、緊急の電話。
緊急の話があるから早く戻って来いと言われ、セレナに戻ってきたのだが。
伊達さんに切り出された話は、かなり衝撃的なものだった。
「これ、は・・・」
寝ている遥を起こさないよう、震える手で写真を受け取る。
私に見せてきた写真。それは花の刺青がしてある女性の遺体だった。
伊達さんが今朝、警察から貰って来たのだという。
この刺青、あの時の美月ってやつと同じだ。
そして美月は遥の母親。もしかして、そんな。
「美月は、しんだって、ことなのか・・・?」
小さな声で呟くように問えば、桐生と伊達さんが視線を逸らす。
気まずい雰囲気が流れ、私は写真を伊達さんに返した。
「でも、確実ってわけじゃ、ねぇんだろ・・・?」
「あぁ。それを今から確かめに行く」
「確かめにって・・・アテはあるのか?桐生」
立ち上がった桐生に首を傾げる。
会話についていけない私は、とりあえず桐生についていく準備をした。
心地よさそうに眠っている遥を、真っ直ぐ見ることが出来ない。
もしあの写真が本当なら、今までの努力は?遥の気持ちは?
遥の頬を起こさないように優しく撫で、そのまま額にキスをする。
「遥には・・・黙っておくんだな・・・」
「あぁ・・・。今はこの刺青を彫った人の所に行くつもりだ」
「刺青?もしかして、二代目・歌彫とか?」
「・・・!お前、知ってるのか?」
まさか、当たっているとは。
適当に自分の刺青を彫ってくれた人の名前を言っただけに、私は動揺する。
そういえば、桐生も刺青掘ってたっけ。
私は躊躇うことなく上着を脱ぐと、下着を捲って刺青を見せた。
鋭い爪と瞳を持つ、鷹の刺青を。
「へぇ・・・あけも刺青をいれてたのか」
「まぁな。でもまさか、桐生も知ってるなんて」
「俺のを彫ってくれたのも、お前と同じ彫師だからな」
「そうか。じゃあ、早速出発だな」
今まで情報が無かったし、こうやって手がかりを求めて動けるのは良いことだ。
桐生が準備するのを見ながら、私は上着を着直そうとする。
――――――――が、しかし。
「っつぁ~~!」
火傷の痕にスーツが擦れ、痛みが走った。
その痛みのせいで、上手くスーツを着ることが出来ない。
するとそれに気づいた桐生が、後ろからスーツを着させてくれた。
助かるは助かるんだけど、伊達さんがニヤニヤしてるのがもの凄く気になる。
私はスーツを着させてもらった後、すぐに小声で伊達さんに突っかかった。
「なに笑ってんだよ!」
「いやぁ・・・別に俺は何も言ってないだろ?」
「顔が何か言いたそうにしてただろーが!」
「気のせいだ」
そう言いながらも、伊達さんの顔は笑っている。
ムカついた私は無視を決め込み、さっさと桐生の後を追いかけた。
メニューを見ていた麗奈さんに、行ってきますの挨拶だけをする。
麗奈さんは振り向くことなく、挨拶だけ返してくれた。
何気ない挨拶。
でもどこか、違和感を感じたのは気のせいだろうか。
何だろう、何か影があるような。
桐生に名前を呼ばれた私は、弾かれたようにセレナから飛び出した。
あんなことに違和感を感じるなんて、私も結構疲れてるみたいだ。
「・・・どうした?顔色が悪いぞ」
「あ・・・いや、なんか妙なことが気になっちゃってな」
「妙な事?」
「大したことじゃねぇんだ。疲れてんのかなー」
桐生に話しかけられ、私は誤魔化すように苦笑いを浮かべた。
人通りの多い場所を避けながら、急ぎ足で龍神会館へと向かう。
人が少ない場所でも賑わう、それが神室町なのかもしれない。
どの通りでも輝く、色んなお店。これが眠らない街。
つい最近、遥にキャバクラの事を聞かれて戸惑ったのを思い出し、思わず吹き出してしまった。
それを見ていた桐生が、気味悪そうに私を見てくる。
「いきなり何だ」
「いや・・・キャバクラって何?って遥に聞かれたの思いだしちまってよ」
「・・・それは、大変だったな・・・」
桐生も同情するぐらい、子供とは恐ろしいものだ。
遥は特に。考えてることが上を行き過ぎてて敵う気がしない。
しばらく無言で歩き、神室町の町を見渡す。
こうやって桐生と二人っきりになるのは、結構久しぶりな気がする。
最近はずっと、誰かと三人で歩いてたから。
「・・・」
そう思うと不思議と気まずくて、口を開くことが出来ない。
恥ずかしい・・・わけじゃないと思うんだけど。
ちらりと横顔を盗み見れば、桐生と目が合ってしまい驚く。
「っ・・・!」
「なんだ?人の顔をじろじろ見やがって」
「な、なんでもねぇよ」
普通に歩いてても、離れていく歩幅。
さっきまで隣に見えていた横顔が、気づけば2歩ぐらい先にあった。
別に場所が分からないわけでもないし、私は何も言わずに歩き続ける。
すると、前を歩いていた桐生が急に歩幅を緩めた。
「大丈夫か?」
「え?」
「疲れてるんだろ・・・ゆっくりでいい」
「べつに、気にしなくても大丈夫だ」
いつもより優しい声色で呼ばれた、自分の名前。
そしてその小さな気遣いが、私の心を大きく乱す。
隣に並んでいるだけで壊れてしまいそうな自分を、目を逸らすことで何とか保とうとした。
でも、桐生はそれを許してくれない。
待たなくて良いと言ったのに、歩幅を合わせるために待っていてくれた。
私が追い付くと歩きはじめ、置いて行かれると止まる。それの繰り返し。
「き、桐生。別に待たなくてもいいんだぞ?」
「・・・迷子になられても困るからな」
「迷子になるわけねぇだろ!」
「どうだか」
軽く笑われ、イラッときた私は軽く拳を突き出した。
もちろん、その拳は当たらない。
むしろ反撃とばかりに拳を握り込まれた私は、桐生の腕を叩いてギブアップを叫んだ。
「くっ・・・!ギ、ギブ!この馬鹿力!はなせっ!」
「フッ・・・」
「むかつくヤツ・・・!」
そんなことをしている間に、目的地である龍神会館が見えてきた。
鷹の刺青を彫った時のことを思い出すと、今でも刺青がズキズキ痛む。
私の身体には、虐待で受けたときの傷が少し残っている。
その中でも大きな傷を隠すため、私は右わき腹に鷹の刺青を彫った。
覚悟していたとはいえ、いれた時の痛みは未だにトラウマだ。
「私はこの前いれなおしたばっかだし、いっか・・・。お前は入れなおさなくてもいいのか?」
「あぁ・・・。時間があったらで良い」
「そうだな」
龍神会館の中へ入り、失礼します!と丁寧に挨拶をする。
すると奥の方から、久しぶりに聞く先生の声が返ってきた。
「おお、久しぶりだな。桐生にあけ」
「・・・・お久しぶりです」
桐生も丁寧に、先生と挨拶を交わす。
本当に久しぶりだなー、ここにくるのも。
写真の話。写真の刺青の女の話。
私は桐生が先生と話をしている間、気を抜いてぼけーっと突っ立っていた。
まさかアイツから、電話が掛かってくるなんて思いもしなかったから。
「お前さんに電話だぞ。・・・錦山からだ」
(結局写真の情報は得られぬまま、私たちはセレナへ戻った)
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