いらっしゃいませ!
名前変更所
「っつぁ・・・!」
冷たい鉄の匂い。広がる真っ暗な空間。
ゆっくりと眠りから覚めた私は、状況を確認するため、慌てて周りを見渡した。
が、しかし。
手を縛られている上に、周りが暗すぎて確認出来ない。
遥も傍にいるのだろうか?
伊達さんは?どうなったんだ?
連れ去られたのは、私達だけ?
殴られたあとの痛みよりも、状況が確認できないことに焦りを感じる。
焦りに急かされて身体を起こせば、殴られた場所がズキリと痛んだ。
「くっそ・・・!」
「お?目が覚めたんかいな、あけちゃん」
「っ!」
気絶する瞬間に見た彼の顔と、暗闇の中に響いた声が、とある人物を思い出させた。
桐生よりも付き合いの長い彼の名を、静かに呼ぶ。
暗闇の中でも、雰囲気で彼が笑ったのを感じた。
「・・・真島の兄さん」
「吾朗って呼べ言うたやろ~!?」
「いやだ。兄さんは兄さんだ」
「ったく、冷たいのぉ」
兄さんとの付き合いは、桐生よりも長い。
そういえば、桐生の名前を初めて聞いたのも兄さんからだった気がする。
狂犬と恐れられ、強い者を求めて暴れる男。
今ではこうやって仲良くしているが、出会いは最悪だった。
襲われたのだから、こいつに。文字通り“突然”。
「解けよ」
「いやや」
「こんなことしたら遥が泣くだろうが!ふざけんな!」
「そう怒んなや・・・桐生ちゃんと戦いたいだけなんやて。終わったらすぐ解放したる」
そう、兄さんはこんな人だ。
戦うために生きてる、そんな人。
私が初めて襲われたときも、私が路上で戦っているのを見て目を付けられた・・・それだけだった。
逃げてもずっと追いかけられて。諦めて戦ったら気に入られて。
「また、あとでやな」
「・・・あぁ。死ぬなよ」
根は良い人だと知っているからこそ、私は彼を恨みきれなかった。
桐生を向かい撃ちに行くであろう彼の背中を見送り、また暗闇の中へ視線を戻す。
「遥?」
少し体を後ろへずらすと、ふにっと柔らかい感触が手に当たった。
調べるようにペタペタと触れば、後ろからお怒りの声が上がる。
震えてはいるが、その声は紛れもなく遥のモノだ。
私はすぐに遥を安心させようとして、口を開くのを止めた。
そして意地悪く、ペタペタと触り続ける。
「お姉ちゃ・・・、ちょっと!くすぐったいよう・・・!」
「お?わりぃ。見えなくて気が付かなかった」
「嘘だぁ・・・絶対気づいてた」
この空気にはそぐわない、和やかな会話。
でも、遥を落ち着けるには必要なものだった。
目が覚めてすぐに見える暗闇の世界。そして不自由な身体。
今私に出来ることは、遥を出来るだけ落ち着けてあげること。
兄さんも戦う事だけが目的だろうし、私達には手を出してこないだろう。
「遥、大丈夫か?身体痛いところねぇか?」
「うん。私は大丈夫。お姉ちゃんは・・・?」
「私も大丈夫だ。心配すんな」
連れ去られるときに殴られた部分が痛むが、これぐらいなら何とかなる。
そう思って平然と答えを返した私に、遥の頭突きが決まった。
予想外に対応することが出来ず、声を抑えることが出来ない。
背中には、桐生を庇った時のものと、今回のやつで受けた攻撃の痣があったから。
せっかく隠したのに意味もなく、抑えきれない悲鳴が響き渡った。
「ぐあぁ・・・!」
「やっぱり!お姉ちゃん、無理しちゃだめだよ!」
「無理してねぇって・・・」
「嘘はだめだって、言ったでしょ?」
桐生がお父さんみたいだとしたら、遥はお母さんみたいというべきか。
遥がしっかり者すぎて、何だか私が悲しくなってくる。
私は静かに姿勢を正すと、謝りながら無理をしないことを約束した。
「わりぃ・・・。んにしても、遥には全部ばれっちまうな」
「だってお姉ちゃん、おじさんとそっくりなんだもん・・・」
「え?そ、そうか?」
「おじさんより分かりやすいかも。無理してるって、分かるんだ・・・。おじさんや私の前でぐらい、休んでもいいと思う」
しっかり者、どころじゃない。
まるで心を読まれているかのような、不思議な感覚に襲われる。
気分が悪くなるようなものじゃないからこそ、私は遥に惹かれていった。
恋とか、そんなものじゃなくて。
初めて心を開けるような気がした。
「・・・遥」
「どうしたの?お姉ちゃん」
「これからも・・・」
私と一緒に、いてくれる?
その一言は扉が開く音に遮られ、私は反射的に遥を庇った。
微かな光が差し込み、大きな人影が私たちの方へ歩いてくる。
なんだ?あの影は明らかに桐生でも兄さんのものでもない。
その影は私たちの姿を捉えると、少し急ぎ足気味で向かってきた。
「てめぇ!誰だッ!!」
身動きも出来ない。まともに見ることすら出来ない。
男は聞いているのかいないのか、私のことをスルーして遥の方へ進む。
そして私には聞き取れないぐらいの小声で、遥に何かを話しているのが見えた。
ごくり、と。
部屋の中に響いた、唾を呑む音。
「・・・」
「お、おい、アンタ・・・!」
しばらくして、入ってきた男は何事もなかったかのように部屋を出て行った。
後に残されたのは、解放された遥と呆然とする私だけ。
誰だったのか、何をしにきたのか。どれも分からなかった。
とりあえず、遥は無事なようだ。
解放された遥が私の手を解きながら、自分自身へ尋ねるように呟いている。
「ペンダント・・・」
「ん?」
「あのおじさん、私を助けてくれたの・・・?」
「どうしたんだ・・・遥・・・?」
どうやらあの男は、遥に何かを伝えていったらしい。
私は静かに口を閉ざすと、腕を縛っていた紐が解けるまで黙ることにした。
遥の動揺が、紐を解く手からも伝わってくる。
まずは、落ち着く時間が必要そうだ。
話を聞くのなんて、無事に帰り着いてからでも良いわけだしな。
「これで・・・」
「さんきゅーな」
「ううん」
数分ぶりの自由に、思いっきり背を伸ばす。
そしてすぐに扉へ向かい、一気に扉を開いた。
「うあっ・・・」
眩しさに目が眩んだ。
開けた瞬間、ぐらりと足元が揺れる。
私は何とか体勢を立て直し、眩しさに目が慣れるまでその場に留まった。
眩しい外からは、戦いの音とは違う叫びが聞こえてくる。
その叫びの正体を確認しようと外に出た私に、ドンッ!と勢いよく誰かがぶつかった。
「あぐっ!?」
「うわぁ・・・・!」
勢いに耐えられなかった私は呆気なく転び、地面に尻餅を付く。
ようやく目が慣れてきて見えるようになってきた時、私が見たのは私にぶつかったと思われる男の姿だった。
こいつ、なんだ?
ぶつかってからずっと、私たちの方を見て固まっている。
遥は縋り付くように私の服を握り、その男を警戒していた。
「おい、てめぇなんだよ?用がないならさっさと退け」
「・・・・て・・・」
「あ?」
男の後ろ側に、桐生と兄さんの姿が見える。
早くアイツの所に行きたいという焦りが、更に苛立ちを募らせた。
それにしても、この男・・・気持ち悪い。
挙動不審な上に、しきりに何かを呟いている。
ってうわ、こっち見た。
「な、なんだよお前・・・?」
「・・・て・・・・も・・・」
「あ?言いたいことあるならハッキリ言・・・!」
「・・・せめて、お前らだけでも!!」
「なっ・・・!?」
叫んだ男が投げたのは、ドロドロとした黒い液体
(瞬間、私の視界は真っ赤な炎に包まれた)
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