いらっしゃいませ!
名前変更所
1.お前ほんと可愛げねぇな
私は情報屋の鷹。
3年前に祇園に訪れた“桐生”という男の、本当の正体を知っている人間。
情報屋は貴重な情報を抜き取り、その情報で本人を揺さぶったり、情報を売り捌いたりして金を得る。
3年前、私は桐生という男の情報を得た後、その情報で本人を揺さぶることにした。
売るよりも揺さぶった方が美味しい。そう思ったから。
―――でもその考えは、大きな間違いで。
私は桐生を揺さぶりに掛けたことにより、桐生に追われる日々を送ることになった。
桐生が揺さぶりに動じるどころか、その情報を消させようと私に襲い掛かってきたからだ。
そして始まった、祇園恒例の“賭け事”。
祇園中を巻き込んで行われる私と桐生の追いかけっこに、いつしか祇園中の人間が、それを見世物・賭け事として扱う様になったのだ。
しかも一部では、私と桐生が恋仲であるとか、そんな夢物語を作り出しているらしい。
禁断の恋。情報屋としてのプライド。祇園の賭け事。
すっかりハチャメチャな日々を過ごすことになった私に、トドメをさしたのも桐生だった。
“なぁ、俺の女になれよ”
とある日、私を追い詰めた彼は確かにそう言った。
夢物語が噂で流されている中、彼はそれをはやし立てるように私に接吻をして。
そして今ではこの有様。
「龍屋の旦那、頑張っておくれやすー!」
「じれったいわぁ。はよう捕まえて熱い抱擁を・・・・」
「情報屋の鷹さんも、意外と可愛い反応してはりましたよね」
「やっぱり、両想いなのでは・・・?」
「「きゃー!」」
「・・・う、うるせぇなぁ・・・!!」
桐生に追われていると、嫌でも耳に入る周りの人たちの黄色い声。
夢見がちなお年頃の女性にとって、今の私と桐生は恰好の餌食なのだろう。
夢物語の、姫と殿様ってところか。
でも私にとって、そんなのはゴメンだ。
私はあんな乱暴者の女になったりなどしない。
あんな男、私は・・・。
「ッ・・・!!」
「おっと・・・捕まえそこなったか」
「お前、いつの間に回り込んで・・・っ」
「お前がぼーっと一直線に走ってるからだろうが」
黄色い声に気を取られすぎていた私は、思わぬ襲撃に足を止めた。
伸ばされた手を間一髪でかわし、後ろに1歩後ずさる。
せっかく人目に付きにくい裏道に逃げ込んできたというのに。
だからといって捕まるわけにはいかないと、私は再び屋根に飛び乗って人がいる方へと走り出した。
次々と屋根を飛び乗り、移動する。それに桐生は平然とした顔でついてきている。
「あぁもう!!しつこいな!!」
「お前が観念しねぇからだろ?」
「だから・・・情報なら売らない。消してやるっていってるだろ!?」
正直、こうも追いかけられてばかりでは商売上がったりなわけで。
私は桐生に初めて捕まったあの日から、情報を売るということを桐生に伝えていた。
なのに桐生は、そんなこと関係なしに追いかけてくる。
桐生が求めているものは情報ではなく、“私”だというのだからもっとタチが悪い。
遊女好きの、女泣かせの男にそんなこと言われても、信じるわけないだろ?
どうせ遊女とはタイプの違う女で、遊びたいって思ってるだけ。
「はぁっ・・・はぁっ・・・・」
「どうした?息が上がってきてるぜ?」
「お前の、せいだろ・・・!良いから、もう、やめろって・・・!」
「そうはいかねぇなぁ・・・。俺が何を求めてお前を追いかけてるか、分かってんだろ?」
その言葉に、体力の限界を感じた私は急停止を掛けた。
皆の視線を感じながら、私は桐生に拳を構える。
「あぁ、どうせ身体か何かだろ?私はお前のような乱暴人に、抱かれる趣味はもたねぇんだ」
「ほう・・・言うじゃねぇか。ますます気に入ったぜ」
「・・・・チッ」
ダメだ。
話なんざ、聞いちゃいない。
そんなに女を得たいのなら、この時間で遊女通いでもすればいいものを。
捕まえようと伸ばされた手に手刀を叩き込み、そのまま隣の家に飛び移る。
「お前がしつこく追い続けるなら、私はお前に絶望的な距離で逃げ続けるだけだ・・・!!!」
「っ・・・!?」
懐に忍ばせておいた袋を取り出し、それを桐生の顔面に投げつけた。
中に入っているのは神経を敏感にする薬と、こしょう。
いわゆる、手作りの煙幕のようなものだ。
「な、ん・・・けほっ・・・!けほっ・・・・!」
「じゃあな、桐生!」
手作りと言っても、効果は絶大。
目が見えていないであろう桐生にべーっと舌を出した私は、すぐにその場から移動した。
これならさすがに、すぐには追ってこれないだろう。
そしてここは祇園の街。華やか、かつ賑やかな町。
一度撒いてしまえば、こっちのものだ。
「ようし・・・」
出来るだけ人目につかないような、小道を選んで走り抜ける。
こういうところなら黄色い声も聞こえないし、雑念も生まれない。
小道の奥に身を隠した私は、周りを警戒しながらそっとその場に腰を下ろした。
さすがに走り続けたのが身体にきている。
足が重たくて、走りづらい。ここで休めておかなくては。
「はぁ・・・・」
なんでこうなるんだ。
分からない。3年もアイツに追いかけられ続けても、その答えは分からない。
いや、私がアイツを目に着けた時点で間違いだったのだろう。
アイツの本質を見抜けず、自分よりも上手な人間だと気付けなかったから。
間違っていたのは私。
でもどこか、そのことに後悔していない自分がいた。
「・・・」
この状況が、楽しいと。
少しだけ思い始めてしまったからだ。
何も刺激が無かった情報屋としての生活。
相手を脅し、素直に応じる相手から金をとる商売。
応じない相手には揺さぶりをかけ、とことん追い詰める。
その商売が唯一通じなかった相手。
「そんなこと考え始めちまったら、私も負けだな」
この関係を楽しんでしまったら、アイツの思う壺だ。
少し休憩をした私はゆっくり立ち上がると、動くようになった足を確認して再び屋根に上った。
小さな建物の屋根の上。
大きな建物に隠れ、しかも辺りの道を見渡せる。最高の場所だ。
「さすがにキツかったかな。こしょう入りの煙幕は」
香辛料を混ぜた煙幕は、目くらましというよりは相手に痛みを与える。
私が特別に作った神経を敏感にさせる薬も混ぜてあるからな。
敏感になった神経に香辛料が入りこみ、刺激する。
どんなに痛みに強い人間でも、涙が止まらなくなることは確実だ。
「ま、アイツのことだからすぐ来ると思うけど・・・・」
「待ちやがれ、この野郎・・・!!」
「ほら、きた」
噂をすれば何とやら。
凄い形相で私に近づいてくる桐生を見つけ、私はすぐにその場所を移動した。
ここから屋根へ、屋根へ。
祇園の住民がはやし立てる中、いつも通り桐生から逃げる。
桐生はまだ目が痛いのか、少し目を細めながら辛そうに私の後を追った。
その光景が少し愉快で、思わずいらぬ挑発を加えてしまう。
「どうしたんだ?桐生。情けないツラだなぁ?」
「・・・・て、めぇ・・・・!」
「なっ・・・!」
いきなり詰められた距離。
突然のことに反応が出来ず、私は自分が乗っていた屋根から足を踏み外した。
そこからはもう、ただ落ちていくだけ。
バランスを立て直すことも出来ず、ぶつかることを覚悟して受け身の体勢を取った。
そして衝撃に備え、ぎゅっと目を瞑る。
―――。
――――?
「あ、れ・・・?」
落ちる音の代わりに聞こえた、周りの黄色い歓声。
そして落ちる衝撃の代わりに感じた、柔らかい温もり。
まさ、か。
「っ・・・・ど、どうして・・・!」
「お前な・・・。後ろぐらいちゃんと注意してみておけ」
「ッ・・・!良いから離せっ!!ぐあ・・・っ!?」
受け止められたことに感謝するよりも早く、恥ずかしさからその腕を抜け出そうと暴れた。
だが、抜け出すために着いた足は、上手く力を入れることが出来ず。
何とか腕からは抜け出したものの、結局その場に蹲る形になってしまった。
「うっ・・・ぐ・・・・」
「・・・・?おい?どうした」
「つ~・・・・」
先ほど落ちる際に挫いてしまったのだろうか?
何度力を入れようとしても、妙な痛みに襲われ、立ち上がることが出来ない。
立ち上がるのに時間を掛けていると、急に視界がぐるりと回った。
「へっ・・・?」
「足、挫いたんだろ。手当してやる」
「い、いや、いいっ・・・!!!」
「うるせぇ。静かにしてろ」
「か、勝手に決める、なっ・・・!!おわ、降ろせ・・・!!」
米俵のように担がれる身体。
皆からの視線が痛くて、私は悲鳴を上げながら桐生の背中を叩いた。
周りの女性からの声が、特に痛い。
あらぬ噂を立てはじめる女性の話が聞こえるたび、この状況が恥ずかしくて堪らなくなる。
「うう・・・・」
「どうした?・・・恥ずかしいのか?」
「当たり前だろ・・・・」
「我慢しろ。結構足が熱を持ってるからな・・・。このまま放っておけば、ひどくなるだけだ」
「・・・・」
珍しくまともなことを言われ、背中を叩く手を止めた。
もしかして、本当に心配してくれてるのか?こいつ。
そうだとしたら申し訳なかったと、少し反省しかけていたその時。
その気持ちが消え失せるほどの失礼なことを言われ、私は再び手を振り上げた。
「それにしてもお前、ほんと可愛げねぇなぁ・・・。ちったぁ大人しく出来ねぇのかよ」
「ッ・・・!!お前に言われたくねぇ!!やっぱりいい!!離せこの乱暴者がっ!!!」
「あーあー、うるせぇなぁ・・・」
「ひっ!?お、おいこら!!どこ触ってんだてめぇ!!!!」
憎まれ口を叩くけど、結局は優しく手当てをしてくれて。
(日常を壊したはずのこいつが憎いのに、どうしても嫌いになれない私が居た)
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