いらっしゃいませ!
名前変更所
2.図星って顔に書いてあるぜ
あれから数日、桐生は私の前に姿を現さなかった。
龍屋が見える屋根の上で一人、ぽつんと静かに空を仰ぐ。
姿を現さないのは、彼なりの気遣いだろう。
彼が自分から諦めるなんてことは、まずあり得ないからだ。
アイツは性格的に、負けで終れるタイプじゃないからな。
こうやってアイツのことを考えてると、変に親しくなったような気がして嫌になる。
「(気にするな、アイツのことなんて・・・・)」
桐生は私の生活を壊した張本人だ。
情報は消すって言ったのに、しつこくしつこく追いかけてきやがって。
しかも今では、祇園全体の噂話に加担するようなことばっかりしやがる。
いきなりキスしたり、思ってもいないであろう告白をしたり。
苛立ちを隠せない状態で寝返りを打つと、後ろから気配を隠す気さえ感じない気配を感じて目を閉じた。
嫌でも分かってしまう、この気配は、紛れもなくアイツのもの。
「んだよ、後ろからじゃなくて正面から来たらどうだ?・・・桐生」
「なんだ・・・・気づいてたのか?珍しく反応しねぇから、寝てたのかと思ったぜ」
嘘つけ。
そう言いかけたのを飲み込んで、私は無言を貫き通した。
わざと気配を現したまま近づいたのは、私を追う意思がないことを示すためだろう。
嫌な気遣いに、気恥ずかしくなる。
「・・・・」
「足はもう大丈夫なのか?」
「・・・少し、痛い」
「そうか。もう少し安静にしてるんだな」
「言われなくたって、分かってるっての」
「・・・・ほんっと、可愛くねぇなぁ・・・」
別にお前に可愛く思われようなんて思わねぇよ。
そう小さく呟けば、桐生が少しイラついたように私の頭を掴んだ。
別に私はこの仕事をし始めてから、女として褒められようなんてことは思ったことがない。
乱暴で汚い仕事をしている以上、そんな風に見られる価値もないだろう。
「お前は少し、自分を大切にしたらどうだ?」
「はぁ?・・・お前がそれを言うなよ。いっつも容赦なく追いかけてくるくせに」
「・・・なら、もうお前を追いかけるのは止めにしてやるよ」
「・・・え?」
「情報は消してくれるんだろ?」
「え、あ・・・あ、あぁ・・・」
一瞬、素で反応してしまったことに後悔した。
本当なら、ここは喜ぶべきところなんだろう。
だが私の頭は素直にも、心のどこかにあった“寂しさ”を表に出してしまった。
慌てて表情を元に戻すが、既に遅く。
私の戸惑う表情を見た桐生は楽しそうに笑い、寝そべる私に覆いかぶさるようにして囁いた。
「ん?どうした?・・・俺が追いかけてこねぇと、寂しいのか?」
「んなわけねぇだろう!!」
「そのわりには、図星って顔に書いてあるぜ?」
「なっ・・・!!」
どうしてだ?
どうしてこんなにも、コイツに狂わされなくちゃいけねぇんだ。
この体勢に耐えられなかった私は、桐生から逃げ出そうと身体を捻る。
だが何故か私の身体は桐生に押さえつけられたままで、逃げだすことが出来ない。
「ちょ、ちょっと、離せ・・・!」
「ダメだ」
「はっ?な、なんでだよ!」
「どうせお前のことだ。その足でも他の仕事、するんだろうが」
「か、関係ねぇだろ・・・!?」
確かに仕事はしてしまうかもしれないが、今はそれよりも、この状況から抜け出したいという気持ちの方が上だった。
こんな状況耐えられるわけがない。っていうか大体今は昼なんだ!
こんなところを誰かに見られたら、また噂話にされっちまうだろ!
「いいから、はな、離せ・・・っ!!」
「うるせぇなぁ・・・。そんなんだから男が寄ってこねぇんだよ」
「うるさいな!!別に良いんだよ、寄ってこなくても!!」
「お?どうでもいいならムキになる必要はねぇんじゃねぇか?」
「う・・・だ、だからもう!なんだっていいだろ!?なんでそんなこと、お前がっ・・・・」
相変わらず、覆いかぶさられたまま。
息が掛かるほど近い距離で囁かれ、私はもう桐生のことを見ることさえ出来なくなっていた。
当たり前だ。
いくら敵対関係といえど、相手は男。
こいつが言ってる通り男に慣れていない私は、見慣れた桐生にでさえ心臓が跳ねるのを感じていた。
良く見ると、良い男だし。
・・・さすが遊女泣かせの男ってところか。
「フッ・・・からかいがいがある女だな」
「っ・・・ふざけんな!そういう遊びは、遊女相手の方が楽しいだろ!」
「あぁ?」
「お前が遊女遊びで有名なことぐらい知ってるっての。遊び足らないからって、私にするな・・・!」
その言葉を聞いて、桐生は止めるどころか、ますます私に顔を近づけた。
唇と唇が触れ合ってしまいそうなほど近づいた距離に、声すらもまともに出せなくなる。
「っ・・・ち、ちか、ちかい・・・!」
「俺の話、聞いてなかったのか?・・・俺はお前に惚れてんだ」
「嘘・・・嘘だ。そこら辺の遊女の方が、良いに決まってる」
「嘘じゃねぇぜ?本気だ。なぁ・・・俺の女になれよ」
騙されるな。
こうやって色んな女を騙して、遊んで、泣かせてきたんだ。
信じてしまったら、負け。
私は必死に抵抗を繰り返し、桐生の顔を手で押しのけた。
「いてっ・・・!何しやがる」
「なら言ってみろよ。私のどこがいいんだ?お前の言うとおり、可愛げのない女の私のどこが」
「そこだよ。その素直さと強さだ。この街に住んでる奴で、お前みたいに真っ直ぐ強く生きてる女はいねぇ」
「っ・・・」
桐生の言葉に何も言えなくなる。
冗談だろ?って言いたくても、桐生の目が本気の色をしていて―――言えなかった。
信じちゃいけないと分かっているのに、どこかでそれを信じ掛けそうになって。
私は慌てて首を振り、よろめきかけた自分の心を引き戻した。
「だ、騙されるわけないだろ!!」
「なら、そんなに動揺する必要ねぇだろ?」
「・・・それ、は、いや、動揺するだろ。そんなこと、言われたらさ・・・」
余裕めいた桐生の表情が、気に食わない。
いつもならここで殴ってやるのに、その気力すら今の私には無かった。
だ、ダメだ、このままじゃだめだ。
すっかり桐生の思う壺。桐生に遊ばれちまってる。
ちゃんと言い返さなきゃ、やられっぱなしじゃ気が済まない。
でも、その言い返す言葉も浮かばない。
「~~・・・っ。もういい!好きにしろっ!」
諦めて全てを放棄すると、桐生が私の首筋に顔を埋めた。
突然のことに怒ることも出来ず、されるがままに桐生に弄ばれる。
「ちょ、っと、おい・・・!好きに、しろって、お前・・・っそういう意味じゃ・・・!!!」
「違うのか?・・・でももう、遅いな」
「何を・・・し・・・て・・・」
「見てみればいいだろ」
慌てて持っていた刀を抜き、桐生が顔を埋めていた場所を反射させた。
刃に映る首筋。その首筋に浮かび上がる、赤い虫刺されのような痕。
着物を着ていたら一発で見えてしまう位置に、それはついている。
遊女達は決してつけない、所有の証。
「ッ!!てめぇ!何するんだ!遊女につけられないからって、こんな・・・」
「いつまで俺が嘘吐いてるって思ってんだ?・・・俺は本気だ。それはお前に悪い虫がつかないようにする証だ」
「私に悪い虫なんてつかないこと、しってんだろ」
「どうだかな・・・。意外とお前、可愛いって祇園の男たちに噂になってるんだぜ」
「はぁ・・・?変な奴ら・・・」
「だから、お前は俺のもんだって・・・つけとかなくちゃな」
「・・・って!それとこれとは違うだろ!私は、別に、お前のものじゃ・・・っ!」
グイッと腕を引かれ、無理やり桐生の腕の中に抱きしめられた。
耳元で囁かれた声が、今までの桐生の声じゃなくて、思わず動けなくなる。
卑怯だ。
そんな、かっこいい声で。
そんなこと。
「情報屋のお前なら、俺がどんな男か分かってるだろ?・・・愛してるぜ、あけ」
ああ、知ってるよ。
女遊びが過ぎる奴で、腕っぷしが強くて。
それでもって、宮本武蔵という過去を持つ男。
一夜の遊びはあっても、自分から本気にさせるような言葉は決して言わない。
口説き落とし、女を弄び、抱くだけ。
直接的な愛の言葉は、絶対に言わない。
そう・・・遊びでは、絶対に。
「っ・・・・」
卑怯だ。
なんて男だ。
私が桐生の女遊び癖を知っているのは、桐生の目の前で伊東さんから聞いたからだ。
つまり桐生は、私がこのことを必ず知っていると分かっていて言っているんだろう。
「・・・なぁ」
「うる、さいよ・・・馬鹿。離せっ!」
勢いよく桐生の身体を突き飛ばし、桐生から一定の距離を取った。
そのまま別の屋根に飛び移り、べーっと大きく舌を出す。
「ばぁか!女遊び野郎のことなんか信じるかよーだ!!」
「・・・へっ。いいぜ、じゃあ・・・お前をその気にさせるまでだ」
「やれるもんなら、やってみな」
挑発的な笑みを浮かべ、私は桐生に背を向けた。
ああ、いいぜ。お前がその気ならやってやるよ。
そう後ろから桐生の声が聞こえたけど、私は立ち止まらずに走り続けた。
口から心臓が飛び出してしまいそうなほど心が痛い。
なんでこんなにも胸が苦しいのか、分からないまま。
でも、アイツに惚れてしまったなんてことだけは、あり得ないはずだ。
(この胸の苦しみは・・・いったい何なんだろう・・・)
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