いらっしゃいませ!
名前変更所
久しぶりに足を運んだ、賽の河原。
裏の世界とは良く言ったものだと、ここに来るたびいつも思わされる。
でも最近、花屋の噂を聞かなくなっていた。
アイツ、元気にしてるのか?
こうやって賽の河原が起動してるってことは、誰かしら管理人がいるはずだが。
門番に用があることを告げ、通してもらう。
いつも花屋が居る、奥の部屋へと。
「・・・・よいしょっと」
大きな門を開けると、そこには見慣れた光景が広がっていた。
大きな水槽。その中央にある椅子と机。
でもそこに居るはずの人間が、居ない。
私と桐生は顔を見合わせ、静かにその部屋へと足を踏み入れた。
誰かしらの気配を感じる―――桐生もそれに、気が付いているみたいだ。
花屋がこんなことをする必要はねぇ。
だとしたら誰?
桐生はその正体を知っているのか、隠れている人間に出てくるよう促す。
「誰かいるんだろ?分かってるんだ。出てきてくれ」
突然桐生が立ち止まり、いつの間にか持っていたドスを取り出した。
そしてそれを、ゆっくりと遠くに放り投げる。
カンッ!と鋭い音を立て、ドスが床に突き刺さった。
同時に奥の柱から声が聞こえはじめ、私たちの前にその姿を現す。
なるほど。だから、ドスってわけか。
現れた人物に思わず納得し、笑みを浮かべる。
「ひっさしぶりやな~!待っとったで、桐生ちゃ~ん!あけちゃ~ん!」
「あー、納得した。ここの管理は兄さんがやってたのか」
「そやで?ってなんや?桐生ちゃん、あけちゃんがおるのに他の女まで連れてきおって・・・・」
一瞬にして、兄さんの表情が冷たいものへと変わった。
殺気じみた表情に、桐生がすぐに待ったを掛ける。
「待て。勘違いするな。・・・そういう関係じゃねぇ」
「そか?あけちゃん、桐生ちゃんになんかされたら言うんやで?俺が貰いに来たるわ」
「ありがとな、兄さん。でも大丈夫だ」
「そかー!俺はあけちゃんが笑ってればそれでええ。まぁもちろん、俺んとこ来てくれれば最高なんやけどな!」
豪快に笑う兄さんに対し、桐生が少し嬉しそうに笑った。
相変わらずな感じで安心したのだろう。
私も最近兄さんのこと見てなかったから、正直安心した。
兄さんはいつも通りの様子で私たちに近づき、床に刺さっていたドスを引き抜く。
「んで?その姉ちゃんはなんや?」
「府警4課の狭山薫よ。よろしく」
「・・・府警4課?姉ちゃん、サツなんか?桐生ちゃん、どないなっとんねん?」
「話せば少し長くなる。それよりも、花屋は?」
「あ?花屋は表の人間になったで。元のサヤに戻って、警察に情報提供しとるらしいで」
最近花屋の噂を聞かないと思っていたら、そういうことだったのか。
なんだよ、アイツ。戻る前に一言ぐらい連絡くれても良いじゃねぇか。
でもまぁ、花屋がやりたいことが出来る場所なら、それで良い。
私にとってアイツは、最高のライバル関係の人間だ。
居なくなるのは困るが、別な場所で同業者をしているなら文句はない。
「そいじゃ、次は俺の番や。何しに来たんや?桐生ちゃん」
それは、私も知りたかった。
どっちかっていうと桐生は、ここに真島の兄さんがいることを知って来た感じだったからな。
私と兄さんが注目する中、桐生は静かに話を始めた。
とても短い言葉。でもそれはとても大きな内容で。
「・・・東城会に、戻ってくれ」
静かに下げられる頭。
兄さんと私は顔を見合わせ、驚きの表情を浮かべた。
兄さんが、東城会に戻る?
そっか。今は真島建設として組は抜けっちまってるのか。
確かに今の状態で真島組が加われば、少なからず東城会は楽になる。
だが。
私には兄さんが、東城会という場所に納まるような人間には見えなかった。
私が知ってるあの兄さんなら、答えはもう想像出来る。
「やめぇや、桐生ちゃん!俺はそんな桐生ちゃん、見とうない」
「・・・頼む。今の東城会には、真島組の力が必要なんだ」
「・・・・お断りや」
やっぱり、な。
断るのを見て驚いていないところを見ると、桐生もそれは想像していた答えらしい。
でもここで引き下がれば、大きな力を取り逃すことになる。
ここは私も協力しようと、兄さんに向き直って頭を下げた。
「兄さん・・・私からも頼む。兄さんの力なら、東城会の大きな力になる」
「・・・あー。はいはい、分かった分かったわ。なら、ちと仕事してもらおか」
「・・・まさか」
仕事と聴いて、桐生の表情が歪む。
河原での仕事といえば、私も花屋から一度受けたことがある。
そう、闘技場でのトーナメント。
私の場合はトーナメントでの試合進行役だったけど、桐生の場合は参加者側になるはずだ。
「そや、トーナメントや。桐生ちゃんにしか、出来ない仕事やろ?」
それに花屋の場合は、何も金のために仕事をさせてるわけじゃない。
アイツはこのトーナメントを通して、人間性を見定めてるのだ。
私もそれを通して花屋に認められた。
お互いに情報を提供することを、認めてもらえた。
―――でも。
真島の兄さんの場合は、きっと。
戦いを楽しむための、仕事。
「トーナメント?一体何なの?」
「・・・お前は先にセレナに戻っておいてくれ。すぐ終わる」
話についていけてない狭山に、桐生が帰るよう促す。
狭山は何か言いたそうに口を開くが、結局何も言わずに部屋から出て行った。
「さぁて。んじゃ、私は何をすればいい?」
「ん?あけちゃんは俺と一緒に観戦や」
「それっていいの?別に私もトーナメントに出たっていいんだぜ」
「ダメだ」
「ダメや」
「・・・・冗談だよ。そこまで否定しなくてもいいだろ。過保護だな・・・」
二人して全否定しやがって。
・・・まぁ、結構本気だったけどさ。
とりあえず私は兄さんに従うことにして、桐生をトーナメント会場まで見送った。
私たちは、観客席の一番長めの良い場所に向かって歩く。
その特等席には豪華な料理がたくさん置かれており、兄さんは満足げに座ると、隣の席にチョイチョイと手招きした。
恥ずかしいけど、ここ以外に場所がないので隣に座る。
「お邪魔します・・・ってこら!早速腰に手を回すな!!」
「ええのぉ・・・良い女と一緒に見る戦いは・・・最高や」
「だー、もう!人の話を聞けっての!」
腰に回される手を解いても、またすぐに回されて意味が無い。
私はしばらくしてその手を解くことを諦め、ぐったりと項垂れた。
ちょうどその時、闘技場の入り口が開き、桐生が上半身を脱いだ状態で登場する。
やっぱり筋肉は衰えてねぇな。恐ろしいほど、桐生は才能を持った男だ。
「さ、ゆっくりここで見とき」
「分かったから・・・あ、これで食べて良い?兄さん」
「おう!どんどん食えや!」
机の上にあったフルーツに手を伸ばし、口の中に運ぶ。
その瞬間、桐生と目が合ったような気がして、慌ててフルーツを飲み込んだ。
“頑張れ”と。
飲み込んでから口の動きでそう伝えた私に、桐生が小さな頷きを見せた。
自信に満ちた表情―――彼はまったく、恐れを見せない。
これだけ安心して見れる戦いも、早々ねぇだろ。
鳴り響くゴングと同時に結果が見える試合に、私は苦笑いを零す。
「あーあ。相手が可哀想だぜ」
「ま、これぐらい楽勝でやってくれへんとなぁ・・・」
「まぁ、兄さんにとってはそうかもな。・・・ん!これ美味しい!」
テーブルの上に置かれている料理は、どれも絶品だった。
まぁ、この裏世界を管理してる人間の席だし、これぐらい贅沢なのが当たり前なんだろう。
でも私にとっては、結構久しぶりの高級品。
食い意地を張っていくつか食べていると、急に兄さんが私の手を掴んだ。
「んっ!ご、ごめ、食べ過ぎだったか?」
「いやー、ウマそうに食うとるなって思てな。俺にも一口くれや」
「元々は兄さんのだし、許可なんていらねぇだろ。ほら」
フルーツの皿を兄さんの前に持っていくが、兄さんは食べようとしない。
どうしたのかと疑問に思って覗き込んだ瞬間、突然兄さんが目を閉じて口を開いた。
え、まさかこれって。
「あー、食べさせろって、こと?」
「わかっとるやないかー!」
「い、いや、兄さん・・・それは、恥ずかしい、し・・・」
「つれないこと言うなや・・・な?ええやろ?」
視界の端に見える、試合の光景。
もうそろそろ決着がつくであろうそれを見ながら、私は仕方なくフルーツを兄さんの口に持って行った。
いわゆる、あーんをしてほしいってやつだ。
兄さんはそれを魚のようにパクッと食べると、満足げに笑いながら私の頭を撫でた。
強くも優しくもない、適度な強さでぐしゃぐしゃとかき乱される。
「ありがとな、あけちゃん」
「はぁ・・・ったく、兄さんは・・・」
「やっぱ桐生ちゃんはごっついの~!1年おらんかったはずやのに、昔のままやわ」
「ほんと、アイツは化け物じみてるぜ」
リング上での戦いは、桐生の一方的な試合になっていた。
敵は桐生を恐れることはしないものの、防戦一方になり、最終的には桐生の押しに沈んでいく。
そろそろ、第二試合も終わりが見えてきた頃。
突然兄さんが立ち上がり、どこかに消えていってしまった。
心のどこかで想像していたことが本当になりそうだと、私は敵の入場口を睨む。
兄さんのトーナメントは、人間性を見極めるものじゃない。
そう、バトルを楽しむもの。
だとすれば兄さんが向かった場所は・・・。
「やっぱり、か・・・」
リング上に放たれた、大量の花火。
そしてその中から出てきた最終決戦の相手は、予想通りの相手だった。
「どや?桐生ちゃん。かっこええやろ?」
「ったく・・・アンタだけは、読めねぇなぁ・・・」
「今度は正々堂々・・・勝負しようやないか!!」
呆れたように笑う桐生が、どこか楽しそうに見えるのは気のせいじゃないだろう。
私は知っている。桐生が心のどこかで戦いを求めていたことを。
根っからの、極道の血を持っていることを。
だから私は二人の戦いを静かに見守ることにした。
どっちが勝ってもこの戦いは本望だろうと、そう思ったから。
鳴り響くゴング。沸き立つ観客。
(そして振り向いた彼に、私は「負けるなよ」と口を動かした)
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