いらっしゃいませ!
名前変更所
5.お前の未来が俺が貰う
ここが祇園だということが幸いし、忍の追手の数はそこまで増えなかった。
だが、完全に安全ということは絶対無く。
数日間に1度、必ず追手が殺しに来るという、まるでお尋ね者のような生活だった。
いや、まるで・・・じゃないな。実際私はお尋ねものと変わりない。
だが桐生は私を龍屋に置き続け、私も何も言わずに仕事をこなした。
でもやっぱり、不安になる。
これからずっとこうなるのかという、不安が。
「はぁ・・・・」
仕事の合間に龍屋を抜け出した私は、祇園の華やかな街を一人で歩いていた。
祇園は嫌いだったのに、今ではすっかり慣れてしまっている自分がいる。
慣れとは本当に怖いものだ。
そう思いながら、私は華やかな街を歩き続けた。
時折すれ違う遊女の人たちに思わず目を惹かれ、私はぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き毟る。
「・・・・」
女としての魅力、か。
そんなこと、考えこともなかった。
でも遊女好きの男の傍に置いてもらって、何もなさすぎるのが逆に癪でもあった。
私には手を出す価値もねぇってことだろ?
いや出されても困るんだけどさ。ちょっと苛立ってくるというか何というか。
ってかなんでこんなこと考えてるんだよ。
息抜きに来たのに、浮かんでくるのはアイツのことばっかり。
これじゃ意味ないと裏道に入った瞬間、私は気配を感じて足を止めた。
「・・・・」
誰かが着けてきている。
今すぐ襲い掛かってくるというわけでは無さそうだが、それは明らかに私を狙っていた。
こんなところで私を狙う人。
そんなの、あり得るのは忍だけだ。
私はそのまま裏道の奥へと進み、出来るだけ人目につくところから離れる。
「・・・・誰だ」
出来る限り離れたのち、私は壁に背を向けてから声を上げた。
懐に忍ばせておいた小太刀を手に取り、気配が感じられる方向へと翳す。
するとその方向から、一つの影が飛び出した。
うっすらとした月明かりに照らされる、一人の男。
見覚えの、ある顔。
「おま、えは・・・・」
その男は、私をここまで忍として育て上げてくれた人だった。
見覚えのある顔に手元が狂い、小太刀が地面に突き刺さる。
でも私はそれを、拾い上げようと思わなかった。
目の前にいる男を見ることだけで、精一杯だったからだ。
「・・・・ど・・・どうして・・・」
「お前を育てたのは私だ。だから私自身の手で、お前を殺しにきた」
「・・・そうかよ。悪いな、立派な道具になれなくて」
もしここで、「そんなことはない。お前は私の立派な家族だ」なんて言ってくれれば、感動するかもしれない。
でもそんな淡い希望、持つだけ無駄な世界なんだ。
この世界に、物語のような甘さは存在しない。
あるのは欲望と、金と、力。
目の前の男はニヤリと厭らしい笑みを浮かべると、私に向かって目を見開いた。
「本当だ!!お前には才能があったというのに、こんなところで無駄なことをしてくれるとはな!!台無しだ!!」
「・・・・」
「お前は一生、私の道具として使われていればよかったんだよ・・・・バカな女が」
ほら、ね。
これが事実。これが私の居た世界。
冷たい目で見てくる男に、私は乾いた笑みを漏らした。
私はこんな男の欲望のために戦っていたのかと。
“こんな男”と思えるようにしてくれた彼のことを、心の底から私は―――。
「・・・・そっか」
好きなんだ。
そう、私は桐生のことが好き。
だから殺せなくなった。
見るたびに苦しくなって、なぜか従うようにまでなって。
恋心、というやつなのか。これが。
生まれて初めて味わう感覚に気付き、私は勢いよく土に刺さっていた刀を抜いた。
「消えろ。・・・たとえお前でも、私は容赦しねぇ」
「・・・それがお前の答えか」
「あぁ。私にはもう主がいる。・・・お前に用はねぇんだよ」
私には居場所がある。
主が、いる。
襲い掛かってきた男に小太刀を振り下ろし、私は器用に相手の攻撃を捌いていった。
だがさすがは、私を教えてきた男。
段々私の捌き方にも慣れていき、捌いても体勢を崩さなくなる。
「っ・・・!」
「その程度か、女」
「・・・黙れ!!」
「道具としての価値もなくなったお前に、情けなどない!!」
「ッ――――!!」
一瞬だった。
右肩に強い痛みが走り、私は咄嗟に後ろへと飛ぶ。
暗闇の中でも、零れ落ちる血は良く分かった。
慣れているのもあるし、滴る血の暖かさが腕に伝わってきたからなのもある。
どちらにせよ、私にとっては何ともない痛みだ。
こんな傷、どうってことない。
こいつを倒した後、桐生に治療してもらえばいいだけの話だ。
「・・・嫌な目をするようになったな、お前は」
男は私の方を見て、忌々しそうにそう呟いた。
「気持ち悪い。希望にすがりつくような、生き生きとした目・・・私はそういうやつが大嫌いだ。黙って私の道具として、玩具として、使われる奴の目じゃない」
そういう男の目は、私をゴミでも見るかのような目をしている。
桐生に無理やり主従関係にされるまでは気付かなかった。
こいつがこんなに、“気持ち悪い目”をしているなんて。
私がこの忍の世界しか知らなかったから、こいつにとって私は、最高の道具であり玩具だったのだろう。
言うとおり、昔の私だったら、彼が言えばなんだってするような女だった。
だけど。
「今はお前の道具でも、玩具でもねぇ。アンタ好みになる必要なんか・・・ない」
再び小太刀を抜き、抵抗の意を示す。
男も苛立ちの表情を浮かべ、私に刀を振り下ろした。
「最後だからな。お前を玩具として使ってから殺してやる」
「・・・・触るんじゃねぇよ。この外道」
「・・・・」
「ッぐ、ぅ・・・!」
早い。
早いけど、まだ諦めるほどの強さでもない。
私は一撃一撃を慎重に捌き、捌ききれない攻撃は出来るだけ受ける傷が少なくなるように手で防いだ。
次第に手が血だらけになるのを感じたが、それでもまだ、私は諦めなかった。
アイツの、桐生の、命令だからな。
死ぬなっていうのはさ。
「命令は守らねぇと、アイツ厳しいからさ」
「ハッ。すっかり男に騙されたというわけか?」
「騙された?・・・ふざけんな。だましてたのはお前の方だろうが!!」
「っ!?」
振りかぶった小太刀が男の服を破り、僅かながら右わき腹に傷跡を残した。
「騙してたのはお前だよ!!私に忍の世界以外のことを教えず、殺すのが、任務が絶対だと教えたお前だ!!」
「私が見ている世界では、それが正解だからだ」
「私はそれを、正解だとは思わなくなった。だからお前なんてもう、必要ねぇ。さっさと消え失せろ!」
「自分勝手だな?お前が忍が嫌になったとしても、お前は私が買った“道具”だ。裁きは受けてもらう」
「・・・っ。しらねぇよ・・・しらねぇよ!!」
私はただ、売られただけだ。
親に捨てられて売られて。この男に買われて。
戦うことと、殺すことしか許されず。
それが世界の全てだと教わってきた。
だが桐生は、それが違うということを、このたった数か月で教えてくれた。
女性の生き方。
この世界のこと。歴史。
人と触れ合うということ。話をする楽しさ。
「・・・ここで教わったことは、不本意だけど・・・すごく、楽しかったんだ・・・だから・・・!!」
「そうだ。それでいい。お前はそうやって、正直に生きてる方がかわいいぜ」
「・・・!」
背後。いや、上だ。
驚いて上を見上げると、そこには桐生の姿があった。
にんまりと笑う桐生が、飛び降りてくるや否や、私の身体を抱き寄せる。
そして守る様に少し下がらせ、私の持っていた小太刀を奪い取った。
「あ・・・!」
「お前はもう下がってろ」
「で、でも・・・!」
「“命令”だ。その傷じゃ足手まといにしかならねぇ・・・下がってろ」
「・・・・っ」
こんな場面でそんな言い方、ズルすぎる。
でも傷を受けた状態で戦えば、足手まといになるのも事実。
私は渋々頷き、桐生から少し距離を取った。
その光景を見ていた男が、私たちを交互に見て笑う。
「お前が桐生という男か」
「・・・だったらなんだ?」
「それは私の道具だ。・・・たぶらかすのは、やめてもらおうか?」
「・・・たぶらかす?」
ひんやりと、冷たい殺気が膨れ上がるのを感じた。
見れば桐生の瞳が、今まで以上にない冷たい表情を含んでいる。
「たぶらかしてるのはお前の方だろうが。・・・俺はこいつに、本当の世界を見せてやっただけだ」
「・・・そんなもの、コイツには必要ない」
「それを決めるのはコイツ自身だ。てめぇじゃねぇ」
「私はそいつを買ったのだ。何を言われようと・・・」
「あー!うるせぇなぁ・・・!」
突然、私の身体が再び引き寄せられた。
抵抗する間もなくすっぽりと桐生の腕の中に抱きかかえられ、身動きできなくなる。
それどころか桐生は私の頬に口づけを落とし、見せつけるように私を撫でた。
今まで一度もされたことのない“女性”扱いとしてのその行為に、私は思わず何も言えなくなる。
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ。何を言おうが、こいつはもう・・・俺のモンだ」
・・・え?
「んっ・・・!?」
唇に、味わったことのない暖かい感触。
それを“口づけ”だと理解するまで、私は数秒間、ずっと目を開いたままその口づけを受け続けた。
気づいてから抵抗しようとするも、遅く。
桐生は満足げに私の唇を舐めた後、耳元で甘く囁いた。
「続きは、後でな」
「・・・っ!!ふざけんなっ!!なんで私がそんなこと・・・っ!!!」
殴り掛かろうにも腕が痛み、腕が途中で止まってしまう。
するとそれを見ていた男が急に笑い出し、桐生に向かって手を差し出した。
ニヤリ、と。厭らしい表情。
嫌な予感がしてごくりと生唾を飲めば、男の口から放たれた言葉は、想像以上に最低のものだった。
「なんだ。お前もその女を、“玩具”にしたかっただけか」
一番、言われたくないことだった。
もし本当にそうだったら、なんて。考えたくもないことを想像する。
「・・・き、りゅう・・・」
「・・・・・」
「そんなに玩具が欲しいなら、くれてやらないこともない。ただ・・・金を払ってもらえればな」
「・・・そうか。金を払えば、こいつを好きにしていいってか?」
「あぁ。好きにしろ。お前の好きに甚振り、弄び、玩具として使えばいい」
その言葉に合わせて、桐生が小太刀の切っ先を下した。
そのままゆっくりと男の方に近づき、差し出されていた手の上に何かを乗せる仕草を見せる。
嘘、だ。まさか、本当に。
「・・・・(お金、じゃ、ねぇよな・・・)」
今の言葉に同意して金を渡すということは、男の言葉を事実として認めることに等しい。
私が恐怖で震える中、桐生はそっと手を開いて金を乗せ――――。
――――。
「ガァッ・・・!!??」
一太刀。
「こいつは玩具でも、道具でもねぇ。・・・お前から、買い取る必要なんてねぇだろ」
「き、さまぁ・・・・っ!!」
また、一太刀。
男の胸に桐生の太刀が浴びせられ、男は一瞬で意識を失った。
訪れた静寂に私は腰からがっくりと崩れ落ち、思わず震える息を吐く。
「・・・立てるか?」
「・・・・」
桐生だけには弱みを見せたくなくて、強がっていた時期があった。
それはもちろん、私が桐生に忍以外の世界を見せてもらう前までの話。
今は彼だけが、私の心を許せる相手。
私は震える手を伸ばして桐生の腕を掴むと、勇気を振り絞って尋ねた。
「ねぇ」
「・・・ん?」
「・・・どうして、口づけを、したんだ」
「どうしてって、そりゃ・・・」
「遊女と、同じか?ただ私が女だからか?・・・ならどうして、私のことを、ここまで・・・」
私の言葉を遮り、桐生の暖かい手が私の頭を撫でる。
そして徐々にその手は下に降りていき、ゆっくりと頬を滑らせたあと、私の顎をクイッと持ち上げた。
「・・・お前のその、目だ」
「・・・目?」
「あぁ。どの女よりも強くて綺麗な目・・・お前はそれを持っていた。まぁ、あー、なんだ。その・・・一目惚れ、ってやつかもしれねぇな」
「・・・・女好きだって噂されてる奴から言われると、只の口説き文句にしか聞こえねぇな」
悪態を吐くと、ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でまわされる。
「フッ・・・それでいい。俺はお前のそういうところが好きなんだ」
「・・・なんだよ。うるせぇよ、馬鹿・・・」
真面目な表情でそんなこと言われたら、本気にしちまうだろうが。
私は一生懸命桐生に表情を見られないよう抵抗するが、桐生の手はビクともせず、私の顎を掴み続けていた。
「お前は・・・どうしたい?これから自由に生き続けても、俺と一緒に居ても、それはお前の自由だ」
自由、ね。
もちろん答えは決まってる。
「お前に使われるのは気に食わないが・・・私はお前についていく。嫌っていっても着いていくぜ?・・・主」
ここまで来たんだ。
私は自分の気持ちと心に、正直な答えを出した。
それに私は、やられっぱなしで済む性格じゃない。
今まで逆らえない命令を色々されてきたんだ。
逆に嫌ってほどついてってやろうと、私はニンマリと悪い笑みを浮かべた。
「覚悟しろよ、桐生」
「それは俺のセリフだ」
月夜に照らされる桐生の表情が、私をしっかりと捉える。
その表情はどこか寂しげで、桐生の言葉が“本当”だということを、強く感じさせた。
「ついてくるといった以上、俺はお前を逃がすつもりはないぜ。・・・お前の未来は俺が貰う。俺に、ついてこい」
その言い方にまたカチンと来て、私は差し出された手を思いっきりつまんだ。
するとその手ごと強く抱き寄せられ、耳元で囁かれる。
「――――覚悟はいいな、あけ」
それがどんな覚悟なのか、少し想像はできていたけれど。
私は何も言わず桐生の手を掴み直し、桐生と共に龍屋へと戻った。
あれから数か月後。
追手の数も徐々に減り、私たちはいつもと変わらない祇園での生活を過ごしていた。
変わったことと言えば、私と桐生の仲ぐらい。
朝起きた時に乱された服を見た私は、恥ずかしくなって頭を抱え込んだ。
「~~~~っ!!」
アイツ!!
こういう時のあとは、服ぐらいちゃんとしてくれって頼んだじゃねぇか!
イラつきながら乱れた服を抱え上げると、何も言わずに人が入ってきて、私は思わず悲鳴を上げた。
「ぬおあぁ!?」
「お?なんだぁ、あけ。またアイツに可愛がられてたのかよ」
「伊東さん、あのな・・・。声かけて入ってきてくれよ頼むから・・・・」
「いいじゃねぇか。お前のおかげで、アイツの遊女泣かせも減ってきたからな、感謝するぜ」
「そうかよ・・・・」
相変わらずな生活を、私たちは続けている。
これからもずっとこんな生活が続くことを願って、私は今日も仕事の準備を始めた。
私の未来は、桐生のモノ。
桐生に貰われた、私の未来だから。
「おいおい。随分ニヤけてんじゃねぇか?そんなに昨日激しく・・・」
「おいこら。伊東さん?それ以上言ったら―――」
「あー!まてまて!!こんなところで刀を抜くなって!!」
「うるせぇ!!いっつもいっつも変態なことばっかり言いやがって!今日という今日は・・・っておい!!待てっ!!」
始めまして、私の世界。
(これからの未来は全て、彼のモノ)
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【DB】 ★DB 永遠の忠誠(原作・アニメ沿い連載) ★DB 愛知らぬが故に(原作・アニメ沿い連載) ★DB プラスマイナスゼロ(短編繋ぎ形式の中編) ★DB(短編)