いらっしゃいませ!
名前変更所
数年前は東城会四代目。
数年前は、アサガオ施設の園長。
そんな桐生一馬は今、鈴木太一として名前を変え、一端のタクシードライバーになっていた。
もちろん、それに着いて来た私も昔とは全然違う。
数年前は鷹の情報屋。
数年前は、桐生の妻のような立場としてアサガオを支えた。
そして私は今、桐生が働くタクシー屋さんで、事務をしている。
「あけくん、仕事ばどげな感じね?」
「もう少しで終わります」
「そうね、なら、終わってから鈴木さんと一緒に飲みいこか!」
「・・・いいですね」
私たちを拾ってくれたタクシー会社の社長さんのお誘い。
断れるわけもなく、私はテキパキと目の前のパソコンに向かった。
こういう仕事は、嫌いじゃなかった。それが幸いしたのだろう。
すぐにこの仕事にも馴染むことができ、会社の仲間とも親しくなることが出来た。
まぁ、仲良くなれたのには、もう一つ理由があるのだが。
「あけくん、そろそろ上がっていいのよ?」
「あ、平川さん。大丈夫ですよ、あと少しですので」
「あら、そう?」
そう、名前につけられている「くん」
それが私がこの会社に早く溶け込めた、もう一つの理由だった。
皆、私を男だと勘違いしているのだ。
そのため気軽に飲みに誘ってもらうことができ、仲良くなることができた・・・というわけだ。
別に間違われても損はないし、むしろ好都合だ。
私はそこまで有名じゃないとはいえ、鷹の情報屋だということを知っているマニアックなやつがいるかもしれないしな。
「ふぅ」
仕事を終えた私は、一足早く会社から出ることにした。
ぐーっと思いっきり体を伸ばし、平川さんにできた書類を渡す。
「それでは、お先に失礼します。社長、飲みの場所・・・後で連絡いただけますか?」
「ん?あぁ、よかばい!早く終わった分、休憩しとき!」
「ありがとうございます。では」
ここのところ、ずっと気を張っていたから疲れた。
飲みにいく前に休憩を入れたかった私は、桐生と暮らしているアパートへと向かう。
やっぱりあそこが、一番休める場所だ。
私も桐生も、少しだけ素の自分を見せることができる場所。
堅苦しい言葉遣いは正直疲れる。喋った気になれない。
「はー、ただいま」
誰もいないと分かっていつつ、口にするのはこの言葉。
桐生が先に帰ってる時は返事が帰ってきて、少し心が温かくなるんだ。
でも今日の桐生は、遅番の日。
しかもそのあとは飲みだ。私も一緒だけど。
「ふぁー、んじゃ、仕事終わるまで寝させてもらうか・・・・」
大きなベッドにごろんと、勢いよく体を横たえる。
すると急に眠気が襲い、数秒後にはもう私の意識は消えかかっていた。
やべぇ、結構疲れてたのかな。
目覚ましかけとかねぇと、起きれ、なく・・・・。
予想は、あたった。
弾かれたように飛び起きた私は、携帯を見て思わず悲鳴を上げる。
社長さんからのメールが、10通。
見事に寝過したというわけだ。
お詫びのメールを準備しつつ飲みの場所を確認し、すぐさまコートを羽織ってアパートを飛び出した。
幸いにも、屋台に移動したというメールから数分しか経っていない。
アパートからわりと近めの屋台を見つけた私は、急ぎ足で屋台の中を覗き込んだ。
「おお、あけくん!やっときたとね!」
「す、すみません」
「お前・・・寝てたのか。髪の毛はねてんぞ」
「え?あ、わ、わるい」
私と桐生がこういう会話をしても、皆は何も言わない。
仲良しだってことを、会社に入る時に言ってあるからだ。
昔からの友人で、一緒に仕事をしてきた仲間、と。
あの時桐生から放たれた言葉は、正直今でもすごく覚えている。
恋人関係だということを隠すにしても、ただならぬ関係というのを感じさせる紹介だったから。
「ほら、あけくんも飲んで!」
「いただきます」
「そうそうあけくん、今ね、鈴木さんに女っけがないっていう話をしとったとよ」
「はっ?」
「あけくんって鈴木さんと前からの仲って聞いたばい。昔からこんなかんじとね?」
「え、ま、まぁ・・・・」
社長、結構出来上がってるじゃねぇか。
凄い話題をいきなり振られ、私は動揺しつつ、当たり障りのないように答えた。
桐生に女っ気がないのは、アサガオへのお金のために節約してるのと、単純に今そういう気持じゃなくなってしまったからだと思う。
・・・・私も理由に入っていれば、嬉しい限りなんだが。
「だめだよー!少しは女っ気作らなきゃ!ね?」
「は、はぁ・・・・」
「・・・鈴木さん、会社の同僚からなんて呼ばれてるか知っとる?」
「は?」
「あ、いや、知らんかったと?」
「・・・はい」
「怒らんで聞いて・・・ね?」
なんて、呼ばれてる?
お酒を含みながら話を聞いていた私は、次の瞬間に聞こえてきた言葉を聞いて、思いっきりお酒を器官に吸い込んだ。
女っ気がないのなら、つまりは逆。
男に気があるのではないかと、そう思われてしまっているらしい。
むせるだけでは納まらない笑いを、私は堪えきることが出来なかった。
桐生が、ホモ。
いや、ホモとかゲイとか、そんな単語を聞くことになるなんて。
不謹慎だとしても笑ってしまう。ご、ごめんな、桐生。
「ぶっ、くくっ、はははっ!」
「おい、あけ。少し笑いすぎじゃねぇか?」
「いや、だって、ぷっ・・・・あはははは!!」
「・・・・」
「はぁ、はぁ、やばい、腹がっ・・・・くくく・・・!!?~~~~っ!!」
社長に見えない位置の、机の下の部分で、私は桐生から制裁を食らった。
思いっきり容赦ない力で手を摘まれ、笑うことすら出来なくなる。
そんなことが起きているとも知らず、社長はその話題から抜け出そうとしない。
「いやまぁ、仕方なかとよ。鈴木さんほどの男が、まったく女っ気のあるところに近づかんと」
「い、いや、俺は・・・」
「しかもあけくんと同じ部屋に住んでるっていうからまぁ、どんどん話が大きくなったとよ」
「な、そ、それは・・・・」
桐生も私が男だと勘違いされていることに気づいていた。
その上で、彼も何かと都合が良いということに気づき、黙っていたのだ。
それがまさか、こんなことになるとは。
摘まれていた腕が動揺するのを感じ、私はまた吹き出しそうになるのを我慢する。
「・・・まさか、ほんと・・・に・・・?」
「そ、そんなわけないでしょう!」
「そ、そげな必死にならんでも・・・・」
「お、落ち着けって鈴木」
「他人事みたいに言っとるけど、あけくんはどうね?」
「え・・・」
そういえば、私も男扱いなんだった。
桐生ばかりがイジられると思っていた私は、突然向いた矛先に目を逸らす。
だめだ、落ち着け。ここは落ち着いて答えなくちゃ疑われるだけだ。
静かに息を吸い、平然としているかのような態度で答える。
「いえ、私はそういうこと自体に興味がないもので」
「そげな寂しか!あ、まさか、奥さんおると?」
「えー、あ、いや、でも似た感じのはいます」
「似た感じ・・・?」
私は女だから、いたとしても夫なわけで。
しかもそれに似たような存在である桐生は、今ここにいるわけで。
何かとバラすにはやばい状況のため、私は必死に言葉を濁した。
桐生は私に助け船を出すどころか、先ほどの仕返しとばかりに笑いを堪えている。
と、とにかく、早くこの話題から抜け出さなければ。
「あーもう!二人ともじれったいね!そら、行くばい!」
「ど、どこへ?」
「決まっとろう。キャバクラに行くとよ!!」
「え、い、今からですか?」
「今からは遅いですよ、社長」
「いーや!!行くと!ほら、さっさと着いてこぉい!」
ああもうこれ、完全に出来上がってるな。
こうなったら止められないと分かっている私たちは、顔を見合わせ、おとなしく社長に着いていくことにした。
・・・・疲れた。
キャバクラから出てきて思ったことは、それだけだった。
だってまさか、店内で喧嘩をするハメになるなんて。
道端ではよく絡まれるから、喧嘩自体は特に久し振りじゃなかったけど。
酒飲みに行った時にこういうのは・・・勘弁して欲しい。
しかも社長は社長で、完全に出来上がったまま、帰ろうとしない。
その上、まだあと1件行こうと、騒ぎ始める始末だ。
「あんな楽しくなさそうに飲むのはいかんとよ!次!次行くぞー!」
「お、落ち着いてください社長。もうそろそろ遅いですから・・・!」
「いんや、ダメよ。鈴木さんもあけくんも、少しは楽しんでほしかとよ・・・・」
社長のその言葉に、優しさが滲み出ていた。
ほんと、この社長さんは素晴らしい人だ。見ず知らずの私たちを受け入れてくれ、ここまでしてくれる。
でもさすがに、これ以上飲んでしまうと仕事に響く。
そのことを伝えようと桐生に目を合わせた瞬間、桐生が何かを思いついたように私の腕を引いた。
そしてそのまま、抱き寄せるように私の腰に手を回す。
突然のことに一瞬酔いが醒めたのか、社長が目を丸くして私たちを見た。
「あ、いや、社長、これは」
「社長。俺にはこいつがいますので、そろそろ帰ります」
「え・・・鈴木さんと、あけくん・・・・?え、やっぱり・・・・」
「いやいやいやいやまてきりゅ・・・鈴木。それは明らかにおかし・・・・」
「それでは、失礼します」
「いやいやいや!!」
こいつ、馬鹿か!?
私が男だと誤解されたままなのを、酔いで忘れてるんだろう。
私は会社では男だと思われているんだ。
そしてそれが、桐生のホモ説に繋がってしまうほどの影響だったんだぞ?
今の発言が、どういうことに繋がるのか――――想像は容易だった。
私の手を繋いだまま帰る桐生に、私はその事実を伝える。
「あのさー、桐生」
「ん?」
「私、社長さんにも男だと思われてたはずなんだけど?」
「・・・・。・・・・!?」
「お前さ、酔いとか喧嘩とかでごたごたして、忘れてただろそれ」
「な・・・なんで止めなかった!!!」
「とめただろうが!知らねぇからな!噂じゃなくて事実扱いになっててもしらねぇからなこのホモ野郎!!」
「俺はそんな気はねぇ!!」
「わかってるけどどうしようもねぇだろうが・・・・」
私はアサガオでともに暮らすのを決めた時から、桐生の苗字を継ぎ、実質の妻になっていた。
でもそれを今は隠し、私も苗字は偽名にしている。
だからこそ、今回のことは本当に誤解を招きすぎる行為としかいえない。
珍しくオドオドしている桐生を見て、思いついたようにポンッと手を叩く。
「あ、そっか。別に私は問題ねぇや」
「な・・・・」
「だって噂になったとしても被害者側なわけだし?うんうん。じゃ、桐生がんばれ」
「待て」
「ぷっ・・・・くくく!珍しくあせってんなー。おもっしれぇ顔・・・・おわっ!?」
アパート近くの裏路地に入った瞬間、桐生が私の体を壁に押さえつけた。
あ、や、やばい。さすがに怒らせてしまったのかもしれない。
その予感は的中し、桐生の怒っている表情が私の目前に迫る。
そして抵抗する間も与えず、私の唇を思いっきり吸った。
触れ合う舌が、久しぶりの感覚で私に痺れをもたらす。
女としての声が上がりかけるのをなんとか抑え、私は震える手を桐生の背中に回した。
「っは・・・!ひ、卑怯、もの・・・・」
「俺をからかおうなんざ、百年早ぇよ」
「うっさい馬鹿」
「とりあえず、お前は明日、女だってことを皆に教えとけ」
「は?いやだよ。めんどくさい」
仕事上便利だし。
そう言おうとした私の唇が、また塞がれる。
ちょっと桐生、あれだよな。強引になったよな。
極道としての字は抜けてないが、良い感じに堅気としての柔らかさも混ざってきたのかもしれない。
こんな理不尽な強引さは、昔の桐生は優しすぎて持ってなかったからさ。
「ん、ふっ・・・・!」
「わかったな?」
「あー・・・・もう。しょうがねぇなぁ」
「よし」
「ってこら!頭撫でんな!!」
これからどうなって行くのだろう。
私たちの生活がどう変わるかなんて、私にはわからない。
このままずっと平和が続いても良い。
桐生が昔の光を取り戻すなら、戦争がおこったって構わない。
桐生といられれば、それでいい。
自分から強請るように唇を寄せた私を、桐生が優しく撫でた。
「俺の傍を離れるなよ、あけ」
「頼まれても離れねぇよ、ばーか」
「・・・かわいらしく、“はい”とだけ言えねぇのかお前は」
「言えない」
「かわいくねぇなぁ」
「うっさいホモ」
「・・・・ほう」
「え、あ、ちょ、まっ・・・・!!」
「待たねぇ」
「っ―――!!」
意地の張り合い、悪口の言い合い。
(これこそ、私たちだけにしかできないことだから)
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