いらっしゃいませ!
名前変更所
2.まさか初めてとか?
昨日の桐生とのあれがあってから、私は自然と桐生を避けていた。
変に意識してしまって、目を合わせる事すらままならない。
だけど桐生は、特に気にしている様子は無かった。
やっぱり遊びだったのかな、と。何故か気にしてしまう自分が居る。
私も無かったことにして、自然と接すればいいのに。
それが出来ないからイライラするんだ。
私的感情で作戦を無駄にするわけにもいかず、今日も私はお嬢様として街を歩く。
「ねぇ、新しい香水を買いたいのだけれど・・・いいかしら?」
目の前に香水のお店を見つけ、足を止めた。
二人は無言のまま、頷いて店の扉を開けてくれる。
「お入りください」
「ありがとう、桐生さん」
ほんと、こいつらサマになってんな。
執事だって言われても納得できるかもしれない。
・・・良すぎるガタイを除いては。
二人に中へ案内してもらい、ブランド物だけが並ぶ香水に目を向けた。
ぶっちゃけ言うと、まったくブランド物の香水なんて理解できない。
見てもまったく理解できていない私に気づいたのか、秋山と桐生が目を見合わせる。
「あけさん、良ければ俺達でお選びしましょうか?」
秋山の声が天使の声に聞こえた。
私は無言で力強く頷き、目線だけで二人に助けを求める。
二人は「やっぱりか」という表情で笑い、私のために香水を選び始めた。
こうやって見るとホストにも見える。本当に二人は何でも似合う男だ。
裏の世界限定・・・の話になってしまうが。
「(こんなのを、女性は毎日選んでつけてるんだなぁ・・・)」
私には到底考えられない世界だと改めて思った。
いつも情報を集め、乱暴者と共に歩き、ヤクザ者を悲鳴一つ上げず捻り上げる。
汚い仕事だってしてるし、危ない薬だって作って売ってる。
こんな奴が女になるなんて、やっぱり無理だ。
そんなことを考えながらふらっと桐生に目を向けると、何故か目があってしまいビクッと肩が跳ねた。
「ッ・・・!」
「どうしました?」
楽しそうに笑う姿。
こいつ、私が昨日の事で桐生を避けてるってのも分かってるんだ。
気に食わなくて拳を握りしめれば、秋山が不思議そうな顔で私を見てくる。
ああ、もう!めんどくせぇな!
人目に付くのが疲れたから店に来たのに、これじゃあちっとも休めない。
「あけさん、これなんてどうでしょう?」
手慣れた手つきで香水を持ってきたのは秋山だった。
まったく知らない種類の香水が、私の目の前に何個か置かれる。
秋山は一番、こういうのに強そうだ。
キャバクラを経営してるわけだし、必然的に女との絡みも多いはず。
置かれた香水を理解できない私は、無言で秋山に説明を求める。
「だと思ってましたよ。んじゃこちらから、これは・・・」
秋山の渋い声が、流れるように香水の説明を読んでいった。
香りの種類とかを説明されたけど、それでも正直言って分からないのが本音。
とりあえず良い感じの匂いを選び、その香水をレジで購入した。
外に出れば、再び皆の視線が突き刺さるのを感じてため息を吐く。
キャバ嬢に変装するときだって、こんなのごめんなのに。
「次どこに行きましょう?」
「!・・・・そ、そうね、次はちょっと休みたいわ。喫茶店かどこかに行けないかしら?」
適度に外を歩きつつ、ボロが出ないよう休む。
まるで作業のようなおとり捜査に、緊張感が無くなっていくのを感じていた。
でもここで気を抜いたら、今までの行動が全部無駄になる。
気を抜かない程度に、怪しい人物を探していくのが一番だ。
といっても、今まで会った中で怪しい人なんて・・・居すぎて分からない。
絡んできた奴、ぶつかってきた奴、いきなり喧嘩ふっかけてきた奴。
どんな格好でも通常営業のままだ。神室町は何も変わらない。
「この近くだと、喫茶店はありませんね・・・」
「じゃあ、少し喉が渇いたの。近くで良いから休ませてくれない?」
お嬢様である自覚を維持しなくちゃいけないのと。皆の視線を浴び続けないといけないのと。
緊張とは違うストレスが掛かり、身体中が気怠く感じる。
コーヒーでも飲めば、少しは身体が安らぐだろうか。
そう考えた私は、桐生に缶コーヒーを買ってくるよう頼んだ。
喫茶店まで歩くのもダルイから、そこら辺にあったベンチに腰掛ける。
「(ちょ、ちょっと、そりゃマズイんじゃないの?あけちゃん)」
「(良いんだよ。お嬢様が歩き疲れて座る事なんて、普通だろ?)」
「(そ、それは・・・まぁ、そうだけど)」
「じゃあ、桐生さん。お願いします。私疲れちゃったから・・・少し休ませて?」
「ええ。任せてください」
ベンチに座ったからといって、気は抜かない。
もしかしたら、誰かが後をつけているって可能性もあるしな。
神室町っていう町は、そういう所なんだ。
どこが危険とか、安全とかはなくて、いつも危ない町。
それがここ、神室町。
「大丈夫ですか?」
「ええ、ありがとう。大丈夫よ」
遠ざかっていく桐生の背中を見ながら、脱いだ帽子を膝の上に置いた。
付け毛である長い髪が、私の首筋を撫でるように揺れる。
秋山もさすがに歩き疲れたのか、隣の席に腰掛けた。
のんびりした空間すぎて、思わず欠伸が出そうになる。
こんな座るところがあっても、普段は座らないからどこか新鮮だ。
「・・・・」
静寂。
とても、静かだ。
ふと周りを見回すと、今まで居た人たちの姿が無くなっていた。
それもそのはず。ここは高級なお店が並ぶ地区の一つ。
用事がある人や、キャバ嬢たちが来る時間帯なんて限られている。
今がちょうど、その時間の境目なのだろう。
「あけさん」
「ん?」
「・・・とても、綺麗ですね」
「っ・・・は・・・?」
思わず素が出てしまい、私は慌てて口を塞いだ。
周りに誰も居ない事、誰の気配もしないことを確認し、ほっと胸を撫で下ろす。
そして突然変なことを言い出した秋山を、殺気だった瞳で睨み付けた。
「(どういうつもりだこいつ・・・)いきなり変なこと、言わないでよ」
「真実ですよ。あけさんに嘘を吐くわけがないでしょう?・・・俺達の主なんだからね」
ひんやりと、冷たい汗が背中を流れる。
おかしい。どこかおかしいぞ。
秋山の表情が、笑顔が、凄く黒く感じるのは気のせいじゃないはずだ。
昨日の桐生のこともあり、男に対する警戒心が強くなったのかもしれない。
嫌な予感を感じて身を引いた私に、秋山がグイッと身体を近づける。
「っ・・・誰かが見てたら、どうするつもりなの?」
「・・・」
予感は的中していた。
何を言っても秋山は身を引こうとせず、更に私の髪を手に取った。
さらりと愛おしむように髪を撫でられる。
偽物の髪とはいえ、手慣れたその行動は私を赤面させるのには十分な行為で。
顔に熱が集まっていくのを感じ、慌てて秋山から視線を逸らそうとした。
が、
「駄目だよ、あけちゃん」
「ッ!!」
顎をがっしりと掴まれ、逃げられなくなる。
一体どうしたんだ?桐生も秋山も、どうしていきなり。
「や、め・・・秋山・・・っ」
「大丈夫だって。傍から見たら、俺達は禁断の愛をしてる、お嬢様と使用人だ」
「ッ・・・ざけん、な・・・!」
逃れられない視線。囁かれる声。
誰が見ているか分からない以上、蹴飛ばして逃げるなんてことも出来ない。
どうすれば、いいんだ。
冷静な思考が残ってる内に考えないと、また昨日みたいにやられてしまう。
「秋山・・・一体、どうしたんだ・・・?」
「・・・あけちゃん。昨日、桐生さんと何かあったでしょ?」
「ッ!べ・・・別に、何もない」
「嘘吐いちゃだめだよ、あけちゃん。・・・この状況、分かってる?」
秋山の瞳が妖しく揺らぎ、髪を撫でていた手が止まった。
一瞬の隙さえも見せない秋山は、そのまま私の唇を塞ぐ。
突然のことに、私は何も反応出来なかった。
キスされていると気づいたの自体、口付けをされてから数秒後のこと。
抵抗しないのを良い事に、秋山が更に私の唇を貪る。
「ん、んんんっ!!!」
舌が侵入してくるのを感じて、ようやく私は秋山の胸を叩いた。
キスされてる。何されてる?と、ぼーっとしてる場合じゃない。
抵抗しないとこのままじゃ・・・!
胸を叩いても口付けを止めない秋山に、私は最終手段として拳を固める。
「ッ・・・!(いい加減に、しやがれっ!!)」
「・・・ぐっ!?」
人目につかない方の手を振りぬき、思いっきり秋山の腹にストレートを叩きこんだ。
まともに食らった秋山は、悲鳴すら上げずにもがき苦しむ。
とりあえず、キスから解放されただけでも良かった。
キスされた部分を押さえ、熱くなっていく身体をどうにか冷やそうと深呼吸をする。
「はぁ・・・はぁ・・・。何すんだよ、クソ秋山」
「意外と可愛い反応するねぇ、あけちゃん。てっきり慣れてるのかと思ってたよ」
「・・・っなんだよ、ご不満か?」
「いや、むしろ嬉しい・・・かな。あけちゃんは俺だけのものにしたいと思ってから」
やっぱり、おかしい。
桐生も秋山も、二人ともおかしい。
このおとり捜査を始めてからだ。二人がそんなこと言い始めたのは。
もしかして、この捜査自体、何か仕組まれてるのか?
でも事件自体は本当に起こっているものだし、大体伊達さんがこんなことを仕組むはずがない。
「・・・お前等、この捜査が始まってからおかしいぞ」
ボソッと呟いた言葉に、秋山が納得したような表情を浮かべた。
「お前等、ね。なるほど・・・やっぱり桐生さんにも何かされてたってわけか」
「っ・・・!いや、それは・・・!」
「まぁでも、気持ちは分かるよ。俺もそうだから」
「意味がわからねぇよ・・・分かるように説明しやがれ」
二人に好き勝手されるのも気に食わないが、この状況も気に食わなかった。
私だけが状況を理解できず、二人が何かを企んだままというのが。
一体、何なんだよ?
苛立って再び手を上げそうな私を、秋山の声が静かに宥める。
「落ち着いて、あけちゃん」
「お前のせいだろうが・・・!」
「いやまぁ、ね。簡単にいえば・・・」
見上げた先にあるのは、いつもより真面目な表情をした秋山の顔。
「・・・俺達が、あけちゃんに惚れ直したってことだよ」
惚れ直した?
惚れるということ自体、私には理解できないというのに。
なのに、惚れ直したって。
まるでそれって、前から二人が私の事を好きだったと言ってるような。
「その通りだよ。俺達は前から、あけちゃんの事が好きだったんだ」
「待て。おかしいって。絶対おかしい。お前等には全然お似合いな女の子がいるだろ?」
キャバ嬢とか、ママさんとか。
誰だってこいつらみたいな男前なら、惚れて後をついてくるだろう。
それに比べ、私は誰の後も着いて行かない。女らしくも無い。
可愛げのない私のどこを好きになるのか、まったくもって理解できなかった。
本人も自覚あるぐらいだぞ?やっぱり二人してからかってるとしか思えない。
「馬鹿にすんな。それ以上からかうなら、二人ともしばくぞ」
低い声を出して脅すと、秋山が意外そうな表情で目を見開いた。
そしていつも通りの色気のある声で、私の耳を擽る。
「冗談じゃないさ」
「ッ・・・」
「俺達は君が真っ直ぐで、誰にも負けない心を持ってるのに惹かれたんだ。君のそういうところが好きなんだよ・・・」
「そんな、わけ・・・」
「そしてそんな君がこんな可愛い服を着て、俺達の前に居る・・・。我慢できるわけ、ないでしょ?」
もう一度、唇を塞がれた。
さすがの私も、一度目のような間違いは犯さない。
力が抜けていく身体をどうにか保ちつつ、次は足に力を込めた。
秋山はきっと、さっき抵抗した拳の方ばかり気にしているはず。
こっちなら、たぶん。
「・・・っ(このっ!!)」
「っー!!!さ、さすが、だね、あけちゃん・・・次は足を狙ってくるなんて・・・」
「ざまぁみろ!」
強気な言葉を放ちながらも、私の身体は秋山のキスにすっかり酔わされていた。
くらくらする意識の中、トドメのばかりに秋山の声が私の身体を震わせる。
「そんなに真っ赤になっちゃうなんて・・・まさか、俺が初めてだったとか?」
図星。
「っ~~~~!!!」
「!?・・・・がはっ!!」
図星を刺された私は、人目を捨てて秋山の顎に拳を叩きこんだ。
ベンチの上で苦しむ秋山を見下し、ちょうどのタイミングで帰ってきた桐生の手を掴む。
ざまぁみろ、と。声に出さない動きでバカにするのも忘れない。
「・・・・?どうしたんですか、あけさん」
「なんでもね・・・なんでもないですよ、桐生さん。さ、行きましょう?」
「・・・アイツはいいので?」
「放置しましょう」
秋山と私の間の何かを感じ取ったのか、桐生は何も言わずに私の手を引いて歩き出した。
でも、秋山から言われた言葉が気になって、すぐにその手も離してしまう。
――――俺達は前から、君の事が好きだったんだよ。
いや、絶対違う。あれはただのからかいだ。お遊びだ。
昨日の桐生の態度だって、いつもと全然違ったじゃないか。
いつも憎まれ口しか叩かない私を、桐生が好きになるわけがない。
「(気にするな、どうせ二人のお遊びだ・・・!)」
意地悪い、二人の事だ。
グルになって遊んでる可能性だってある。
そう、きっとそう。
自分自身にそう言い聞かせて平常心を取り戻した私は、そのまま今夜泊まるホテルへと向かった。
早くこのおとり捜査が終わるよう、心の中で祈りながら。
否定する心。火照ってしまう身体。
(おとり捜査が終わったら、いつかぶっ飛ばしてやるからな)
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