いらっしゃいませ!
名前変更所
次々と上がる悲鳴。開いていく道。
組員達の中に、私たちを止めれる者はいない。
桐生の後ろから襲い掛かってくる男を、容赦なく足蹴りで吹き飛ばす。
それでも諦めない奴らには、そこらへんに置いてあった花瓶をプレゼントしてやった。
勢いよく投げつけると、悲鳴と同時に花瓶の割れる音が響く。
「っしゃー!」
「お前な・・・危ないだろ・・・。もっと考え「もういっちょ!」
「あけ!!」
「がふっ!?」
花瓶を投げ続けて遊んでいたら、いきなり桐生に拳骨を食らった。
せっかく良い感じに蹴散らしてたのに、なんなんだよいきなり。
「邪魔すんなよ!お前も敵か!?」
「無理するなっていう言葉が、理解できねぇみたいだな・・・?」
「・・・・」
周りの状況関係なく、桐生から鋭い殺気を感じて手を止めた。
大人しく花瓶から手を離し、そのままゆっくりと拳を作る。
無言の、威圧。
そして無言の了解。
桐生を敵に回すのは嫌なので、私は大人しく普段通りの戦いをすることにした。
・・・楽しかったのにな、花瓶。
そんなこと言ったらもう一発殴られるような気がして、止める。
「さ、さぁ、ちゃっちゃと終わらせっかー」
「右だ、あけ」
「分かってるっつうの・・・!左だ、桐生!」
いくら馬鹿話をしていても、私たちのコンビネーションは崩れない。
お互いがお互いを理解しているからこそ、見えてない位置を教え合い、その位置の敵を殴り飛ばした。
いつの間にこんなコンビネーション身に着けたんだろうな?
自分たちでも分からないぐらい、勝手に身についていたものだ。
桐生の後ろから襲って来ていた奴を回し蹴りで階段に落とし、自分たちもそこから入口へと向かう。
「会長を返しやがれ、このっ・・・雑魚が!!」
「・・・道を開けてもらうぜ・・・!」
通った先に見えた、郷田会長の乗った車椅子。
その車椅子を押して歩く男を蹴っ飛ばした私は、すぐに郷田会長の無事を確認した。
「郷田会長・・・!ご無事ですか?」
「あぁ・・・。ほんまに、すまんことを・・・」
ざっと身体を確認したが、特に怪我は見当たらない。
クーデターとはいえ、さすがに会長自身へ危害を加えることはしなかったようだ。
一応、郷田龍司のお父さんらしいしな。
無事を確認して一安心した私は、会長の車椅子を桐生の方へ近づけた。
郷田会長は申し訳なさそうに頭を下げ、桐生に対して詫びの言葉を口にする。
「あんたに助けてもらうとは、本当に・・・お詫びのしようもありまへん」
「・・・東城も近江も関係ありません。お気になさらず」
それは本当のことだった。
盃を交わす以上、東城の問題も近江の問題も関係ない。
お互いに、五分の関係になるのだ。
とりあえず今は、会長を安全な場所へ移さなければ・・・。
「大吾・・・!?」
車椅子を持って移動しようとしたその瞬間、見覚えのある男ががっくりとその場に倒れた。
大吾だ。龍司と戦っていた大吾が、腹を押さえながら咳き込む。
特に大きな傷は無いようだが、相手が龍司だっただけに心配だ。
慌てて桐生が掛け寄り、倒れた大吾を抱え起こす。
「しっかりしろ・・・!」
「やっぱり、あの男・・・只者じゃねぇ・・・」
どうやら大吾は危険を感じ、逃げてきたらしい。
すぐに大吾の後ろから噂をしていた男、龍司が現れ、怒りの表情を大吾に向けた。
「まだ勝負はついてへんやろが・・・!!!」
このままじゃ、殺される。
一瞬そう思うほどの殺気を感じた。
こいつ、やっぱり本気でやばい。
咄嗟に大吾を庇うように立ち、桐生の判断を無言で待つ。
「・・・・大吾、お前は郷田会長を連れて東城会へ行け」
「そいつとのケリは、俺が・・・!」
「今は郷田会長が、東城会と盃を交わす方が先決だ。それにお前を・・・ここで死なすわけにはいかない」
それを聞いていた私は、意外にも桐生が私に帰れと言わなかったことに驚いていた。
いつもの桐生なら、大吾と一緒に帰れっていうのに。
不思議そうに桐生を見ていると、そのことに気づいた桐生が小声で囁いた。
私の肩に手を置き、にやりと自信あり気な表情を見せる。
「お前は俺と残れ。どうせお前のことだ・・・大人しくは帰らねぇだろ」
理解してくれたのは嬉しいが、どこか馬鹿にされているような気がしてむかついた。
ま、別に良いんだけどよ。その通りだし。
大吾は不満そうにしながらも、桐生の言うことを聞いて郷田会長を連れて逃げ始めた。
その行く手を阻もうとする組員達を、私が片っ端から処理していく。
盃が目の前に迫ってるんだ。邪魔はさせねぇ。
「やっと二人きりになれたのう・・・」
「・・・会長は、東城会が預かる」
「アンタを倒して、奪い返せばいいだけの話や」
「・・・やってみるか?」
「あぁ・・・」
どうやら桐生の方も桐生の方で、龍司との戦いになりそうだ。
じゃあ私は、このままコイツらの相手でもしてようかな。
大吾の邪魔、させるわけにはいかない。
もちろん、桐生の邪魔も。
「おい、アマ!そこを退かんかい!」
「嫌だね。お前等のリーダーは桐生とサシで戦ってるんだ・・・そして大吾も、盃のために東城会へ帰るんだ。何一つ、お前等が出る場所はねぇよ」
「ンだとこら・・・!ええで、それなら無理やり退かしたるわ!!」
殴りかかってきた男の手を取り、腹部に膝蹴りを撃ちこむ。
そしてそのまま二人目の男に男を投げ捨て、トドメとばかりにその上に飛び乗った。
「おりゃ!」
「「ぐえええっ!?」」
さぁ、次だ次。
まだまだ私は行けるぜ?と挑発すれば、すぐに男達は牙を剥いた。
安い挑発に乗ったばかりか、目の前が見えていないような雑な攻撃を仕掛けてくる男達。
所詮雑魚は雑魚ってことなんだろうか。
作業をこなすように勝負をしながら、後ろで戦っている桐生達の様子を横目で確認する。
「(龍司も大吾との戦いで弱ってるみてぇだな・・・あれなら、いけるか?)」
「よそ見してるんやないで、この・・・!」
「あーあー、うるせぇよ・・・っ!!!」
よそ見したって、私はお前たちなんかには負けはしねぇよ。
それを証明するかのように勢いよく足を上げ、近づいてきた男の顔面に足を掛けた。
顔面に体重を掛け、地面と変わらない要領で空中に飛ぶ。
嫌な音と共に首を押さえながら倒れる男を見て、私はそのまま飛んだ勢いでもう一人の男を踏みつぶした。
人と人の間を飛ぶ。舞うように蹴って、相手を惑わせる。
この力は桐生のためにあるんだ。だから絶対に負けたりしない。
「そぉら!!」
「ちょこまか逃げんな、このやろう!!」
「ったく、女相手一人にがっつくなよな・・・おわっ!?」
じりじり下がりながら複数人を相手にしていると、小さな段差につまずいて視界がガクンっと下がった。
急いで体勢を立て直そうとするが、相手も一応は極道者の男。
この隙を、見逃すやつなんて居るわけも無く。
すぐに倒れた私を囲み、一人が私の上に圧し掛かってきた。
さすがに男の体重を弾けるほど、私の力は強くない。
「おいおい、さっきまでの威勢はどうしたんや?嬢ちゃんよぉ」
「ぐっ・・・!重いんだよ、退きやがれ・・・!!」
「退くわけねぇだろ?さ、どうするんや?」
圧し掛かってる男は、力強い力で私の身体を地面に押し付けた。
勝負が続いて疲れていただけに、苛立ちと疲労で抵抗する気も失せていく。
だからといって、別に諦めたわけじゃない。
こっそりと右手をポケットの中に忍ばせ、反撃の機会を窺う。
「なんや、急に大人しくなりよって・・・」
「諦めたんとちゃうか?やっちまえや!」
「じゃあ、お楽しみといこか?お嬢ちゃん?」
楽しそうだな、このクズ。
ニヤニヤと男の欲望をむき出しにして笑う姿が、とても不愉快でしょうがなかった。
私の顎に手を滑らせた瞬間を狙い、ポケットに突っ込んでいた手を男の目の前に突き出す。
そして取り出したスプレータイプの瓶を構え、思いっきり中身を噴射させる。
プシュッと音を立てて一瞬だけ出た霧状の薬に、男は一瞬だけ怯んだのち、大声を出して笑い始めた。
「ぶっ・・・あっはははは!!なんだい?それは!!」
「玩具じゃ、ワシらは倒せまへんで?」
「・・・・」
笑ってられるのも、今のうちだ。
薬を作った本人である私は、薬をなるべく吸わないよう口を塞ぐ。
男の笑い声。いやらしく辿る手。
それらが急に止まるまで、そう時間は掛からなかった。
急に静かになった男を見て、後ろに居た男達が首を傾げる。
「・・・」
「お、おい?どうしたんや、お前・・・・」
私に乗っていた男は、その質問に答えることなく意識を飛ばした。
異変に気付いた男達が、慌てて私から薬を奪おうとするがもう遅い。
この瓶の正体は“痺れ薬”
少しでも呼吸器官に入れば、感覚を麻痺させられ、自然と意識が消える仕組みになっている強力なものだ。
もちろん、ある程度抗体を持っている私には、そこまで効くものじゃないが。
「この、アマ・・・っ!!」
「はいはい。おやすみ」
「ぐあっ!?」
襲ってくる男達に薬を撒き、蹴り倒すだけの作業。
しばらくそれを続けると、もう立っている男達は居なくなってしまった。
確認できるのは、遠くで戦っている龍司と桐生だけ。
応援しに行こうと走り出した瞬間、桐生の拳が龍司を思いっきり捕えた。
「ぐあっ・・・!?」
さすがに、あの男達の戦いには入りたくないと心から思う。
だって私の勝てる相手じゃねぇよ、あんな奴ら。
化け物同士の戦いだ。もはや人間の領域じゃねぇ。
「桐生!」
「・・・あけ。無事だったのか」
「あったりまえじゃん。ほら、終わらしたぜ?」
私の後ろに広がる、酷い状態の男達。
そのほとんどが悶え苦しんでいるのに気づき、桐生はやれやれと眉を顰めた。
桐生はあんまり、私が薬を使って戦うことを好んでいない。
なぜなら、抗体があるといえど、僅かでも自分自身に影響することは確かだからだ。
失敗すれば自分の死にも繋がる戦い方を、許せないのだろう。
でも今回はしょうがなかったんだ。
両手を顔の前で合わせ、謝るポーズを取る。
「わりぃ。油断してたら圧し掛かられちゃったんだよ。ま、無事に倒せたから良いだろ?」
「ったく、てめぇは・・・」
「まだや・・・まだ、勝負は終わっとらん・・・!」
座り込んでいた龍司が放つ、殺気に似た低い声。
それを見た桐生は握っていた拳を解き、龍司を睨み付けた。
「・・・・俺は、対等じゃねぇ勝負は嫌いなんだ」
「何やと?」
決して煽りで言ったわけじゃないと、すぐに理解することが出来た。
龍司は大吾とやり合っている。
そんなの、対等じゃないのは当たり前だ。
・・・いやまぁ、それを言ったら、桐生も対等じゃねぇんだけどな。
「お前は大吾とやり合った・・・アイツは強い。まともな状態じゃねぇはずだ」
「へっ・・・どっちかが死ぬまで、勝負はおわらへんで・・・!!」
龍司の絞り出すような声が響いた瞬間だった。
遠出から、最も聞きたくない音が聞こえてきて、ヒクッと顔を引き攣らせる。
この音に、聞き覚えがないはずがない。
お世話になりたくない、警察のパトカーの音だ。
徐々に近づいてくるその音に龍司も気づいたのか、クソッ!と吐き捨てて本部の中に逃げ込んで行った。
もちろん、「いつか殺したる」という殺人予告を投げ捨てて。
「あー・・・どうするよ、桐生」
「・・・どうするもこうするもねぇだろう」
「だよなー。こうなったらもう、逃げ場ねぇよな」
パトカーが本部の敷地内に乗り込んでくる。
何台も、何十台も。
逃げられないことを悟った私は、大人しくその場に立ち尽くした。
「本部内の全員、連行や」
その命令を聞き、囲んでいたパトカーから警官が飛び出す。
そしてその命令を下したのは、私と似たような風貌の女だった。
女なのに、こんなヤクザの取り締まりをしてるのか?
一瞬そんな疑問を抱いたが、私も人のことを言えないのだと、心の中で笑った。
そうしている間にも、女がゆっくりと私たちの方に近づいてくる。
「桐生一馬さん、風間あけさんですね?」
名前までバレてるし。
ここは抵抗せず、大人しく捕まるのが吉だろう。
「・・・そうだけど」
「あぁ、そうだ」
大人しく身元を認めた私たちに、女が警察手帳を取り出した。
書かれている名前は、狭山薫。
府警四課所属の警察だ。
通称ヤクザ狩りの女。まさかこんなところで会うとは。
事前に行った情報収集で聞いたことがあった名前なだけに、更に焦りが広がっていく。
「府警四課の狭山薫です。貴方達を、傷害の現行犯で逮捕します」
やばい。
このまま捕まって、逃げられるか分からない。
ヤクザ狩り、なんて呼ばれるほどだ。
情報を聞いたときは会いたくないって思ってたのに、と。運命を恨んでも恨みきれない。
だけどここで抵抗するわけにもいかないのは確かなこと。
私は大人しく手錠を掛けられた桐生を見て、何も言わずに従うことにした。
掛けられる手錠。
冷たい感覚に、少し心臓が跳ねる。
「(こんなところで、捕まって終わりなんて勘弁だぜ・・・)」
桐生と私は、何故か個別の車に乗せられた。
運転手は狭山。桐生が助手席に乗せられ、私が後ろの座席に座る。
これは正直ラッキーだった。
後ろならある程度死角をつけるし、脱走の準備も出来るかもしれない。
とにかく今は無言で耐えるのみ。
「(・・・?)」
しばらく無言で外を見ていると、急に景色が変わったことに気が付いた。
桐生もそのことに気付いたのか、ミラー越しに私の方を見てくる。
この車・・・なんで警察署の方に行かない?
他のパトカーの集団は全員今の角で曲がったのに、この車だけが直進を続けている。
ここを真っ直ぐ進むと、蒼天掘りの近くだが―――一体どこへ連れて行くつもりだ?
何を考えてるんだ、この女。
「(チッ・・・どうすればいい・・・。どちらにしろ、やばい状況に変わりは・・・・!!)」
掛けられた手錠。
無言で運転を続ける、ヤクザ狩りの女。
焦りだけが私の心を占める中、車は人通りの少ない道をひたすら進み続けた。
これが、波乱へと巻き込む第一歩。
(私と桐生はずっと、車の中で静かに顔を見合わせ続けた)
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