いらっしゃいませ!
名前変更所
花屋の所で休む前に、私達は遥と街で遊ぶことにした。
人間、休息が大事ってわけで。
今までずっと恐怖と緊張の中にいた遥を、少しでも休ませてあげようというものだった。
頭の傷は、桐生に責任もってしっかり治療してもらった。
まだ少し痛むが、さっきよりは酷くない。
「あそびかぁ・・・でも、あんまりねぇよなー」
「まぁ、神室町だからな・・・」
「私、どんなところでも大丈夫だよ!」
どんなところでもって、言われても。
子供の遥を連れて遊べる場所は、結構限られている。
楽しんでもらえれば良いけど、連れていくのに問題があるお店も多い。
神室町で楽しめる場所ってあったっけな?
しかも子供と一緒でも大丈夫な場所・・・。
歩きながら悩んでいた私の頭に、ふととある場所が浮かぶ。
子供と一緒で良いのかは微妙だが、普通の場所よりは楽しめるだろうと桐生に提案することにした。
「中道通りと秦平通りのぶつかる場所に、宝くじ売り場があるんだ」
「宝くじじゃ、楽しくねぇなぁ」
「おいおい。私が普通の宝くじやろうなんて言うと思うか?」
手持ちの財布を探り、さっと10万円を取り出す。
私がこれから行こうとしてるのは、賭場だ。
あれも大人の遊び場だが、丁半賭博なら遥でも楽しめるだろう。
出るコマを予想して、丁か半かを言うだけの遊び。
つまんないって言われたら御終いだけど、私は結構好きだ。
「そんなところが、宝くじ売り場に・・・?」
「あぁ。どうだ遥。行ってみるか?」
「うん!いきたい!」
「楽しくなかったらごめんなー?さ、行くぜ」
道を間違わないよう、混雑した中でも目印を見つけて歩く。
そんな私に気付いてか、桐生は私を先導するように歩いてくれた。
煌めく街並みを、他愛のない会話をしながら進む。
お店のこと。桐生自身のこと。私自身のこと。
遥の質問攻めにあう私は、どんなに小さな質問にも答えていった。
「お姉ちゃん、好きな食べ物はー?」
「・・・桃が好きだ」
「そうなんだ!今度、おじさんと三人で桃のシャーベット食べに行こうよ!」
楽しそうな遥の声に、心から癒される。
桐生と三人で、か。
アイスを食べる桐生を想像して、ブフッと吹き出す。
見てみたいなんて呑気な事を思っていると、案の定桐生の不機嫌そうな声が掛かった。
「・・・何故笑う」
「いやだって、なぁ?アイス食べてる姿とか、なんか可愛いじゃん?」
「お前な・・・」
「おじさん、アイス嫌い?」
「い、いや、そんなことはない」
あの堂島の龍も、遥には敵わないようだ。
誰だって遥の笑顔を見れば、怒る気なんて無くなる。
そうこうしている内に宝くじ屋を見つけた私は、すぐに10万円を受け付けの人へ渡した。
受付の人は無言のまま、私の顔をじっと見つめる。
そして何かに気付いたように、宝くじ売り場の横にある壁を指差した。
「お久しぶりですね、あけさん。そちらへどうぞ」
「あぁ。さんきゅ」
「あんまりボロ勝ちしちゃだめですよ?」
「運が良ければ、勝っちまうだろ?」
私はこう見えても、賭け事には強い方だったりする。
もちろん、たまにはボロボロに負ける時もあるが。
私は二人を隣にある壁に案内し、立つように指示した。
何もない冷たい壁。そこが賭場への入り口。
何だろう?と首を傾げていた二人を、グルッと回る仕掛け扉が歓迎する。
「・・・!?」
「きゃ!?」
声を出さずに驚く桐生と、私にしがみ付いてくる遥。
私には見慣れた光景のため、二人の反応が楽しくてしかたなかった。
やっぱり仕掛け扉は、こういう反応を見られるから好きだ。
「へへ・・・すげぇだろ」
「こんな所に・・・さすが情報屋だな」
「こんなの、1番軽い方の情報だぜ?」
部屋の中に響き渡る、ジャラジャラというサイコロを振る音。
うるさいようで落ち着くその音に、私はとある一室の障子を開けた。
お客さんはまったく私達に興味を示すことなく、丁半に夢中になっている。
この部屋の中は、賭け事の世界。
子供連れの私達を見た壺振りが、少し意地悪い顔で口を開いた。
「お客さん、子供連れかい?」
「社会勉強さ・・・迷惑か?」
「別に。ですがここには、子供料金なんてありませんぜ」
相変わらず、上手い切り返しだ。
私は遥と桐生に座るよう促し、桐生が座った隣に自分も腰かけた。
さて、と。まずはルール説明からかな?
遥にルールの説明をしようとして顔を近づけた私は、遥の言葉に目を丸くするしかなかった。
壺振りの掛け声が掛かる中、遥の澄んだ声が響き渡る。
「さぁ、張った、張った!」
「丁!」
「・・・へへ、威勢のいい子だぁ」
私は無言で、遥の言う丁に賭けた。
元々お金が飛び交う街だ。少しぐらい負けても痛くない。
桐生も遥を信じるのか、丁に賭け点を入れている。
「丁半揃いました!勝負!」
「・・・・」
「ニロクの丁!」
掛け点をがっつり賭けていた私は、遥に向かってビシッと親指を立てた。
遥は嬉しそうに笑いながら、再びじーっとサイコロを見つめる。
「よござんすか?入ります!」
サイコロが壺に入るのを見届けると、遥が元気よく「丁!」と叫んだ。
もう一度、遥の言った丁に賭ける。
桐生も迷いなく遥の言った丁に賭け、壺が開くのを待った。
皆が賭け終わり、勝負の掛け声が上がる。
ゆっくりと開かれた壺の中は、遥の言うとおり丁のコマ数が揃っていた。
「グサンの丁!」
「おお、また当たりだ。すげぇな、遥!」
「えへへ!」 「フッ・・・才能があるのかもな」
振られるサイコロの音。
遥はまたうきうきと壺を見つめ、振られたサイコロに口を開く。
2連続ならまだしも、遥が賭けたのは3連続めの丁。
これで当たったら本当の才能だな、なんて冗談半分で思っていた私は、遥の運に本気で驚かされた。
「ニゾロの、丁!」
「すげぇ・・・」
それからずっと、遥の予想は当たり続けた。
・・・6連続、丁。
同じってのにも驚かせるし、それを当てる遥にも驚かされる。
丁度7回目を当てたとき、壺振りが席を外した。
ボロ儲けしてしまっている自分の点数を数え、思わず笑ってしまう。
「ひゅ~!遥のおかげでやばいぐらい稼いじゃった・・・!」
「楽勝だね!私、才能あるかも!」
「そうだなぁ」
「私のおかげで買ったんだから、何か奢ってよ?」
遥のちゃっかりした言葉に、私と桐生は顔を見合せた。
やっぱり普通の子供とは違う何かが、遥にはあるみたいだ。
威勢も良いし度胸もある。
将来は良いお姉さんになるに違いない。
「いやぁ、お待たせしました。歳のせいか小便が近いもので・・・」
壺振りは急ぎ足で席に戻ると、再び掛け声と共にサイコロを振った。
遥はそれを、見逃さないようにじーっと見つめている。
そしてサイコロが壺の中に入ったのを見てから、遥がぐいっと私の腕を掴んだ。
「次はねぇ・・・半!」
「お?半にするのか?よーし、じゃあ半で!」
「俺も半だ」
持ち点もかなりあるため、大胆に1000点賭ける。
どうせ当たりだろうと思っていた私は、開けられた壺の中を見て頭を掻いた。
さすがに、運も尽きたか。
壺の中に転がるサイコロは、さっきまで賭けていた丁のコマを出していた。
賭け点を引かれてしまったが、切り上げる良いタイミングになったかもしれない。
「せっかく儲けたし、そろそろ帰ろうか?」
「あぁ、そうだな」
賭け事は熱くならず、儲けた時が1番の止め時だ。
もっと行ける!って思ってやればやるほど、最後には損だけになるから。
私の提案に賛成した桐生が、ゆっくりと席から立ち上がる。
何だか、嫌な予感がするんだけどね。
後ろから怪しい男が近づいてくるのを見て、私は深いため息を吐く。
「お座りいただきましょうか、お客人」
「・・・気安く触るな」
肩を掴まれた桐生は、二人の男を簡単に放り投げた。
放り投げられた男は壺振りに激突し、苦しそうな声が上がる。
突然の騒ぎに客は怒り、賭場は騒然とした空気に包まれた。
壺振りが怒って桐生を止めるが、その声に混ざって機械音が響き渡る。
なんだ、この音。規則的に何かが動いてるような。
「おじさん、これ・・・」
「あっ・・・」
遥の手に握られた、気味の悪いサイコロ。
それは規則的な機械音を響かせ、手の上で妙な動きを繰り返していた。
全ての面から小さな鉄の棒が出ている・・・・どうやら、イカサマ用らしい。
「随分と変わったサイコロだなぁ」
「ふ、ふざけやがって・・・」
飛び交う、イカサマに対する怒りの声。
慌てた壺振りは用心棒を呼び、私たちの方を指差して叫んだ。
「イ、イカマサだ!つまみ出せッ!」
「「「はぁ?」」」
見事に三人の声がハモり、挑発に乗った用心棒たちが襲い掛かって来た。
遥は怯えるどころか、自ら避難して私たちの方を笑顔で見ている。
今までの奴に比べたら、確かに怖くないのかもしれないけど。
悪い奴はやっつけちゃえ!っていう口の動きが見えて、私は遥の強さに苦笑いを浮かべた。
「うおっと!?」
「まず女を狙え!男は後だ!」
「おいおい・・・ナメてくれるじゃねぇか」
用心棒たちの一撃を、受けるのではなく受け流していく。
触れる直前でかわしていくだけ。
それによってバランスを崩した男達に、容赦ない足技をお見舞いさせる。
「ハッ・・・口ほどにも・・・」
また襲い掛かって来た男を避けようとした瞬間、壁が私の逃げ場を遮った。
すっかり部屋の中だってことを忘れてた私は、そのまま男の拳を受ける。
こいつ、やってくれやがって。
頬を押さえて睨み付ける私を、男は楽しそうに見て笑う。
「良い眺めだな」
「てんめぇ!」
私が殴る必要もなく、男は桐生にぶっ飛ばされた。
何か桐生がいつもよりイラついてるような気がしたけど、気のせいか?
男達は次々と桐生によってなぎ倒され、悲鳴を上げて逃げ去る。
あっという間に、残るは壺振りただ一人。
壺振りは怯えた様子で私達を見ると、恥を捨て去って頭を下げた。
平和の訪れない街で、疲れ果てて眠る少女
(騒ぎに疲れて眠ってしまった遥を送り、私は静かに花屋と挨拶を交わした)
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