いらっしゃいませ!
名前変更所
ブラッディ・アイも、呆気無い終わりだった。
雑魚は私の薬によって眠らされ、リーダーは桐生の拷問の末に気絶。
お店とは思えない状況に残された私達は、ブラッディ・アイのリーダーが吐いた一つの名前に、お互い浮かない表情を浮かべていた。
彼が口にした名前は、蛇華の劉家龍(ラウ・カーロン)。
桐生も私も彼にはあまり良い思い出が無く、しばらく黙り込んでしまった。
あいつは厄介だ。普通の人間とは違う。
私が昔、蛇華に探りを入れようとした時にそれを思い知った。
バレかけた私は危うく殺されそうになり、必死に逃げて、泣き崩れたのを覚えている。
十年ぐらい、前だったか。
桐生がちょうど、ムショに入るころだ。
私はまだとても若く、腕もまだまだ未熟だった。
それなのに、あんな大物に挑むから。
死にかけた嫌な記憶は、思ったよりも強く私の頭に刻み込まれていた。
「ッ・・・!」
本気で人を殺そうとする殺気。身を切り裂く冷たい刃。
自然と身体が震え、冷や汗が流れだす。
またアイツと、会わなくちゃいけない。
その事実だけで、私の心は恐怖に壊されそうだった。
あの時の事を誰にも吐き出せず、たった一人で背負い込んだ恐怖に。
怖い。壊される。怖い。
強がりなんだ、所詮。
「くそっ・・・!」
「おい」
「どうして、アイツがこのことに・・・!」
「おい!あけ!どうした!?」
「っ・・・!み、見るなっ!」
思わず泣いてしまったことに気付き、私は慌てて顔を隠した。
震える手を、桐生の大きな手に押さえつけられる。
顔を隠していた手はあっという間に外され、涙目で桐生を睨み付けることしか、今の私には出来なかった。
まじまじと見つめてくる視線が、私の羞恥心を最大まで煽っていく。
もう、見ないでくれ。お願いだから。
「大丈夫だ」
「・・・え・・・?」
一瞬手が離されたかと思うと、私は桐生に抱きしめられていた。
桐生の優しい温もりに、何故か少し安心する。
でも、駄目なんだ。
こんな所で、弱気になってる場合じゃない。
「大丈夫だぜ、桐生」
「嘘を吐くのは、相変わらず下手だな。お前、本当に演技で情報を抜き取ってるのか?」
「っ・・・せぇよ」
「怖いんだろ?だったら無理するんじゃねぇ。お前はずっと一人でここまでやってきたんだ。別にラウに関しては俺一人でも・・・」
「・・・!それは嫌だっ!」
確かに、ラウの事は怖い。
高校生ほどの歳に刻み込まれた恐怖は、そう簡単な物じゃなかった。
・・・だからこそ。
引き下がったら、負けな気がする。
昔負けてしまった相手に、けじめをつけないままなんて、そんなの。
「私も、私もきちんとケジメをつけに行く」
「・・・大丈夫なのか?」
「大丈夫だって言ってんだろ!・・・でも、ありがとな」
そこで初めて桐生に目を合わせると、桐生は目を丸くして私の事を見ていた。
なんだよ。私がそんなにお礼を言うのが変か!
文句を込めて睨み付けても、桐生にはまったく通用しない。
「っ・・・だー!もういい!ほら、一回戻るぞ!」
「戻る?」
「あぁ。河原にな」
桐生に勝つことを諦めた私は、一旦伊達さんの所に戻ることを桐生に進めた。
蛇華のアジトは横浜。ここから歩きだと少し遠くなる。
しかも、相手が相手だ。
準備をきちんと整えていかなければ、返り討ちに合う危険性だってある。
伊達さんも情報収集をしてたみたいだし、一旦帰るのが得策だ。
「ほら、戻るぞ」
「今度は抱きかかえて行かなくて大丈夫か?」
「ッ・・・!!!」
最近こいつ、やけに性格悪くなった気がする。
案の定、振り返った先の桐生は楽しそうな笑みを浮かべていた。
振り回されっぱなしなのが恥ずかしくて、私は無言で店を出る。
店の外は、まだ雨に濡れていた。
先ほどよりは弱まったが、降り注ぐ雨はまだ冷たい。
とにかく早く帰ることを優先したかった私は、ひたすら無言で、賽の河原へ戻ることだけを考えて走った。
車の中で、過去の話をしながら横浜へ向かう。
遥のことや、桐生の10年前のこと。
そして、私が何故桐生に着いてきているのか、など。
別に聞かれても困る話じゃなかった。
私が今まで桐生を手助けしてきたのは、あのおじいちゃんの手紙のせいじゃなく、自分自身の意思だったから。
そのことを伝えると、桐生が少し嬉しそうに微笑んだ。
これからすぐに、血まみれの戦いを起こすかもしれないというのに。
「ここが、蛇華のアジト・・・」
華やかな店が並ぶ中でも、一際目立つお店が目的のアジトだった。
ここにラウがいる。あの因縁の相手が。
桐生にとっても因縁の相手らしいからな。
気を引き締めていかないと、また前のように返り討ちにあってしまう。
「伊達さんは、例の遥の捜査を探ってみてくれないか」
「お前、一人でいくつもりか?」
「悪いが・・・今の伊達さんじゃ足手まといになる」
「はっきり言いやがる・・・」
落ち込んでいる伊達さんには悪いが、確かに今の伊達さんは足手まといだ。
生死に関わるかもしれない戦いに、怪我人を連れて行くことなど出来ない。
私はいつもより念入りに手元の薬を数え、いつでも取り出せるポケットに移し替えた。
それと、今回は特別。
ゴム弾入りの改造銃も忍ばせておく。
「行くぞ、あけ。覚悟はいいな?」
「・・・もちろんだ」
「死ぬなよ、お前ら」
振り向くことなく、私は伊達さんに手を振った。
そのままゆっくりとお店の中に入り、店員さんの出迎えを待つ。
お店に入ってからしばらくして、忙しそうに受付の人が走ってきた。
何名様ですか?と普通の接客をしてくる店員に対し、桐生が放ったのはまったく答えにならない言葉。
私はそれを、ただ見守る。
「劉家龍に伝えろ。桐生一馬が会いに来た、ってな」
「?お客様、当店にはそのような方はいらっしゃいませんが・・・」
バイトなのだろうか。
接客してくれた店員は本当に分からないといった表情を浮かべていた。
それよりも気になったのは、私たちの方をジロジロ見ているレジの店員。
誰かに電話をしたり、こっちを見ながらそわそわしたりと、明らかに怪しい。
私は気づかれないように薬を取り出すと、その男に向かって無言で瓶を投げつけた。
「ッ!うわぁああっ!」
「っつ・・・!?」
薬が弾けるのと同時に響いた、無数の銃声。
私が怪しいとふんで薬を投げつけた男は、どこからか取り出した銃を見当違いな場所へぶっ放した。
どうやら、私達をアレで撃つつもりだったらしい。
薬を先に投げておいて良かったと安心したのも束の間、銃声に逃げ回る客人を押しのけて無数の男達が階段を下りてきた。
手に持っているのは中国特有の武器――――――――青竜刀。
手厚い出迎えにこの重装備。
完全に私達を潰すつもりなんだろう。
「とりあえず、この階段の奥に奴が居るみたいだな」
「・・・あぁ。やれるな?あけ」
「任せろって」
私は足手まといになりに来たんじゃない。
ラウへの借りを返しに・・・いや、桐生の負担を減らすために来たんだ。
車の中で話した通り、私は手紙が無くても桐生に着いてきていた。
楽しいから。最初はそれだけの理由だったけど。
今では純粋に、彼に惹かれてしまっているからだと自分でも自覚している。
好きとか、そういうのじゃなくて。
人間としてって意味だけど。
「ほら、かかってこいよ!」
私の挑発に煽られ、複数の男達が一斉に飛びかかってきた。
武器は立派に持っているが、使い方がなっていない。
余裕の笑みを浮かべながら、突進してくる男達をなぎ倒す。
扱いが下手とはいえ、相手が持っているのは殺傷能力のある武器ばかり。
油断をすれば自分が死ぬ。だから手加減はナシだ。
「桐生!後ろ!」
「ッ!」
「はぁっ!!」
調理室から飛び出してきた男を、桐生が殴られる前に蹴飛ばした。
まったく、どこを見ても敵ばかりで終わりが見えない。
桐生の小さなお礼に笑みを浮かべつつ、私はざっと敵の数を数えていった。
料理室から出てきた奴らを含めると、人数はまだまだ20人以上。
でも奥には“アイツ”がいるのだ。
こんな所で、体力を消耗するわけにはいかない。
私は咄嗟に桐生を階段側へ突き飛ばし、右手をポケットに突っ込んだ。
「お、おい!いきなり何を・・・」
「ちゃんと鼻・・・塞いどけよ!」
「・・・!」
忠告した直後に投げた、前とは違う青色の瓶。
一見綺麗に見えるそれは、料理長と思われる男に当たって簡単に弾けた。
弾けて数秒後、異変というものはすぐに表れる。
ふわりと甘い香りが漂い、それが男達の神経を奪い去った。
次々と倒れていく男達を見ながら、桐生が私の頭をポンポンと叩く。
「よくやったな」
「おいこら待て。子供扱いだろ完全にッ!」
反射的に伸ばした手は、素早い桐生の反応によって叩き落とされた。
絶対後で仕返ししてやる。そう思いながら階段を上る。
ずっとこうやってふざけていたいが、そうもいかないのが今の状況。
私は急ぎ足で階段を上り、奥にある大きな扉を開けた。
そこに居たのは予想通りの男で―――――――思わず、手が震えだす。
「んー!んんんー!」
「は、遥・・・!」
私と桐生を目の前にし、怯えることなくラウが口を開いた。
真っ直ぐ、こっちを射抜くような瞳。
遥を助けることだけに集中したいのに、させてくれない冷たい雰囲気。
「久しぶりだな、キリュウカズマ。・・・お前も来たのか、鷹の情報屋」
「ッ・・・うるせぇよ」
「あの時の恐怖、もう一度味わいに来たと思っていいのか?」
「・・・・っ!」
甦る過去に、強烈な吐き気が襲った。
ラウ達に捕まり暴行を受けた恐怖。
そしてそれを上回る、女としての全てを失われそうになった行為。
あの時逃げられていなかったら、私はこいつらの“玩具”だったのかもしれない。
気持ち悪い。気持ち、わるい。・・・・怖い。
「けほっ・・・!」
「あけ、下がってろ。・・・おい、劉家龍!何でお前までこんなことに!」
「ふ・・・嶋野さんに頼まれてね。大きなビジネスだ」
「ビジネスだと・・・?」
「お前等はこの娘の“本当の価値”を、分かっちゃいない・・・」
話を逸らしてくれた桐生に感謝しつつ、私は二人の会話を後ろで聞いていた。
胃から込み上げてくる酸っぱい液体を吐き捨て、何とか息を整える。
嶋野がビジネス?あいつらも絡んでたのか。
ふらつく頭で整理する話は、ぼんやりとしていて先が見えない。
何が敵なのか、どこまでが錦山の味方なのかさえも。
「・・・ペンダントはどうした?」
遥の胸元にあったペンダントが無いことに気付いた桐生が、ラウを睨みながらそう尋ねた。
ラウは詫びれる様子もなく、平然と答える。
「とっくに売りさばいたよ・・・錦山にね。ドケチな嶋野には売れんよ」
「・・・だったら、もうその子には用はないだろ」
「逆だ。俺達には、この娘さえいれば・・・十分」
「何・・・どういう意味だッ!」
「おしゃべりはここまでにしよう」
ピシャリと言い放たれた冷たい言葉に、私は立ち上がって拳を構えた。
まだ気持ち悪いけど、そんなことを言ってる場合じゃない。
こいつの話からして、嶋野と錦山は別々だ。
でもこいつは、どっちにも繋がって儲けようとしている。
許せないし放っておけない。ただでさえ危険な存在なのだから。
「俺は、蛇華を力で伸し上がった男だ」
「・・・ラウ。私は・・・もう、昔の私じゃないぜ?」
「口だけは立派だな、鷹。来な!マフィアの怖さを思い知らせてやる!」
力強い桐生の拳。そして素早いあけの足技
(流れるような二人の連携は、ラウの槍さえも粉々にした)
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