いらっしゃいませ!
名前変更所
3.「命令」だと言ったら?
桐生という男に捕まってから、約1か月が過ぎた。
最初は本当に殺す機会を窺っていたのだが、今ではもうそんなことをする気も無い。
なぜかって?
理由は、二つある。
一つ目は単純に実力不足。悔しいけど、あいつにはいくら挑んでも勝てないのだ。
どれだけ隙をついても、彼は私の心を読んだかのように攻撃を防ぐ。
そしてまた私を・・・許してしまう。
正直、普段の彼は女と金に汚いだらしない男だ。
なのに何故か私にだけは何度もチャンスを与え、どれだけ襲おうが私を許し続けた。
どうして?と、もちろん聞いた。
その時の答えのせいで、私は彼を殺せなくなってしまったのかもしれない。
それがもう一つの理由。
『何故って言われてもなぁ・・・。お前が俺に似てるからだよ。だからお前は大人しく俺に飼われてろ』
この言葉が、私に居場所をくれた気がした。
殺し屋の世界にしか存在価値がなかった私を、彼は見てくれていたのだ。
だから気に食わないと言いつつも、今日も彼と共に仕事をこなす。
掛廻、龍屋としての仕事を。
「おらぁー!女ごときが、邪魔、す・・・うっ!?」
「はいはい。遊郭で品格を壊すような暴れ方するんじゃねぇよ、お侍さん」
酔っ払って暴れていたお侍さんを気絶させ、抜かれていた刀を鞘に戻した。
怯えていた遊女にそれを見せれば、安心したような表情で私に笑みを向ける。
まったく、こんなところまで来て暴れるなよな。
そんなことを言ったら、仕事がなくなってしまうのもあるのだが。
気絶したお侍さんを廊下の端に退け、まだお侍さんの相手をしているであろう桐生の元へ急いだ。
「おーい桐生、こっちは終わっ・・・・」
「ぎゃっ!」
「ぬあっ!?」
角を曲がった瞬間に飛んできた、お侍さんの身体。
私は咄嗟にそれを避け、壁にぶつかったお侍さんを助けることなく桐生を睨みつけた。
「あぶねぇだろうが、桐生!もうちょっと大人しく戦えよ!」
「しょうがねぇだろうが・・・こいつが暴れたんだ」
「ったく・・・これで全部か?今回暴れたやつらは・・・」
合計、5人。
私が倒したのを含めたお侍さん達が、遊郭の廊下でゴロゴロと転がっていた。
暴れるのが悪いんだと、問答無用で気絶したお侍さん達が遊郭から放り出されていく。
その後、私たちはその遊郭から5両のお金を受け取り、懐に収めた。
最初は反発ばかりしていたが、これがこの祇園という町での仕事なのだという。
遊女になるよりはマシであるため、最近は大人しくこの仕事をするようになった。
「中々サマになってきたじゃねぇか」
仕事からの帰り道。
華やかな通りのど真ん中で桐生が口にした言葉を、私はフンッと鼻で笑った。
何がサマになってきた、だ。
お前がそうさせたんだろうがと無言で睨みつければ、意地悪い笑みが私を捉える。
「なんだ?・・・なんか、文句でもあるのか?」
「チッ・・・別にないですよ、アルジ」
「心のこもってねぇ言い方だなぁ」
「こもってるわけねぇだろうが。今の今まで殺そうとしてたやつだぞ、私は」
主従関係に見えない、主従関係。
私は桐生より先に龍屋に戻ると、いつもの場所にあったキセルを取って桐生に差し出した。
もちろん、私も私のキセルを吸う。
女はあまり吸うなって最初は怒られたけど、今ではあまり注意されなくなった。
少し吸う回数を控えたし、許してくれたのかもしれない。
・・・ってなんで、私はここまでこいつの言うこと聞いてるんだろうな。
勝てないから?従うしかないから?
いやでも、それ自体にそこまでの強制力は無いのに。
「・・・はぁ」
「なんだ?人の顔見て溜息吐くんじゃねぇよ」
「しょうがないだろー。なんでこんな奴に飼われてるんだろうって思っただけだよ」
「そりゃ、お前・・・・」
思っていた疑問を口にした私に、桐生がキセルを置いて向き直った。
楽しそうな笑みを浮かべる桐生に嫌な予感を感じ、逃げようとするが、もうすでに遅く。
「俺のことが好きになったんだろ・・・・?」
腕を掴まれ、強く桐生の胸元へ引き寄せられた。
それだけで私は思考が壊れてしまうのに、桐生はそれを分かっていてやっているんだ。
こうやってこいつは、遊女をたくさん泣かしてるんだろ?
伊東さんだっけか?あの人から聞いたんだぜ。こいつが祇園に来てから女を散々泣かせてきたって。
私が気にすることでもないが、なんか気に食わない。
「おいこら!!いつまで抱きしめてるつもりだ!放せこのスケベが!!」
「おいおい、そう怒るなよ」
「うっせ!この馬鹿!!」
私が暴れ始めると、桐生はすんなりと私を離した。
見上げれば意地悪く笑っている桐生と目が合い、少し気まずくなる。
いい具合に遊ばれていて、本当に気に食わない。
私は気分転換をするためキセルを置き、桐生にべーっと舌を出してから龍屋の外に出た。
「子供みたいなことしやがって・・・・」
後ろから桐生の呆れた声が聞こえてくるが、気にしない。
そのまま少し龍屋から離れた場所を歩き、遊郭で賑わう町並みを遠目に見つめた。
本当、華やかな町だ。
誰もが時間を忘れ、身分を忘れ、金と女と色だけに溺れていく。
少し、怖いと思った。
私もいつか居場所を求めていたことを忘れ、この町の色に染まり、あいつに良いようにされてしまうのではないかと。
でもそれは、心配のしすぎだったようだ。
まるでそんな私の心を分かっていたかのように飛んできた一匹の鳩が、私の心を一気に夢から覚ました。
「これ、は・・・・」
鳩が銜えていたのは、見覚えのある模様のついた紙。
私はそれを静かに受け取り、ごくりと喉を鳴らしながらあけた。
嗚呼、やっぱり。
私はこの世界から逃げられはしないんだ。
「・・・依頼、書・・・・」
広げた文書に書いてあったのは、私に対する殺しの依頼書だった。
分かってるんだ。私がここに潜んでいることを、あいつらは。
ただ幸い、まだ私が桐生殺しに失敗していることには気づいていないようだった。
文書に書いてあったのは、時間をかけ過ぎぬようという注意書きと、祇園近くに住む殺しの対象の名前だけ。
それを震える手で握りつぶし、深く息を吸う。
「・・・・」
もしここで依頼書を放棄すれば、私が桐生を殺してないことがバレてしまうかもしれない。
正直どうしてこんな風に思うかは分らないが―――私は、あいつを殺されたくはないと、心の中でそう思っていた。
でも、依頼に応じるということは、桐生との命令を破ることになる。
「命を投げ出すことも、殺すことも許さない」と言われたあの言葉を思い出し、私はもう一度息を吸った。
分かってる。
選択肢は、ないんだって。
殺さなきゃここがバレるのも時間の問題になってしまう。
あいつが殺されるのは、いやだ。そう、いやだ。死んで、欲しくない。
どうして?
桐生はただの殺しの対象だったはずなのに。
「・・・馬鹿、みてぇ」
とにかく、命令を破ってでもこの依頼書はこなさなくちゃいけない。
私は静かに懐に持っていた小刀を取り出すと、そのまま依頼書に書かれた人物がいると場所へと向かった。
私は、忍。
そして殺し屋。
もう、女じゃないことぐらい自分でも分かってる。
だから嬉しかったんだろうな。
桐生の目が、私を女性として見てくれていたことが。
でもきっとこれで、もう、彼は私を本当に嫌うだろう。
「あ・・・・あ・・・・!!」
「ごめんな・・・・」
無感情に殺していたころとは違い、私は無意識にそう呟いていた。
逃げようとする男の背中を足で蹴り飛ばし、横たわった身体を一気に突き刺す。
せめて痛みがないように、急所を一突き。
男は悲鳴を上げることもなく静かに力尽き、その場に血の海を作った。
汚い。
返り血を浴びた私の手は、真っ赤に、汚く染まっている。
「・・・・ごめんな」
桐生。
そしてお前も。
殺した人に手を合わせ、私は再び依頼書を開く。
殺した証拠となるものを添え、次の対象の元へと急いだ。
殺せ。
殺すことが、私の人生だ。
そう教わってから、殺しに恐怖を抱いたことなど無かった。
罪悪感すらも、無かった。
それが今は、こんなに震えている。
「はぁっ・・・はぁっ・・・」
「やめ、て、くれ・・・!」
目の前の男性が、震えながら私に手を合わせた。
しょうがないんだ。そんなことしても、どうせお前は死ぬ。
私が逃がしても、誰かがきっと見つけて、殺してしまうだけ。
「・・・」
「おね、がいだ・・・!!」
「・・・・無理、だ」
「・・・・ひっ!」
小刀を抜き、怯える男を押さえつける。
そして痛めつけることもせず、先ほどの男同様、急所を一突きに突き刺した。
ぴたりと止む声。
動かなくなる、身体。
ドロドロと流れだす血に嫌悪感を抱いたのは、本当に初めてのことだった。
「これで全員、か・・・」
仕事を終えた私は、鳩を呼び、依頼が終わったことを知らせる文書を届けるよう頼んだ。
鳩が飛び去っていくのを見届けながら、すぐにその場所から姿を消す。
さて、どうしようか。
このまま祇園に戻っても良いが、今思えば別に戻る必要はないわけだ。
でも忍の方に戻れば結局祇園に戻されて桐生を殺させる・・・どちらにせよ、祇園に戻される。
「・・・大人しく、祇園に戻るか」
出来るだけ気づかれないよう、小刀を隠し、服もきちんと整えた。
そして祇園に戻るための壁をひょいっと縄を使って登り、私は何事もなかったかのように龍屋へと戻る。
きっとこの時間なら、桐生も寝ているはずだ。
そんな希望を抱いてそっと中に入ろうとした瞬間、気配に気づいて咄嗟に拳を固めた。
が、それは明らかに私の方が遅く。
「何してたんだ?」
呆気なく私は桐生に捕まり、身動きを封じられた。
動揺しないよう静かに深呼吸を繰り返し、いつも通りの態度で答える。
「何って、散歩だよ」
「嘘吐くんじゃねぇ」
「なんで嘘だって思うんだよ?」
「表情で分かる」
「意味分かんねぇよ。ほんと、散歩してただけだって」
ここで桐生に言うということは、桐生も巻き込んでしまうことを意味するわけだ。
だから尚更、私は言えなかった。
今までの桐生のことだ。面倒事は嫌いだと言いつつ私のことを飼い続けるだろう。
たとえ殺し屋が再び来ると忠告しても、きっと。
「俺の目を見ろ」
「見てるじゃねぇか!」
「・・・はー。ったく、しょうがねぇなぁ」
「何がしょうがな・・・っ」
再び突っかかろうとした私を、桐生の殺気が一瞬にして止めた。
殺しの世界を、戦いの世界を経験していたからこそ分かる、この感覚。
絶対命令を下す時の、桐生の空気だ。
本物の実力者だということを知らしめるようなその視線に、私はごくりと唾を飲んだ。
「き、りゅ・・・お願いだ。お前に迷惑が、かかってしまうことなんだ。何も、気づかなかったことに・・・・」
「・・・だ」
「・・・え?」
「それでも、命令だと言ったら?」
「・・・・っ」
・・・こいつ。
やっぱりこいつ、私は苦手だ。
苦手なのにどこか温かみを感じて離れられない。不思議な、存在。
私はふと苦笑を浮かべ、降参とばかりに文書を取り出した。
「・・・それだよ」
「お前、まさか・・・・」
「しょうが、ねぇじゃんか・・・・。殺さなきゃ、お前を殺すことに私が失敗したって気づいちゃうかもしれない。そしたら次に危険になってしまうのはお前だ・・・!!」
私の言葉を聞いて、桐生が少し目を見開く。
驚いたような、どこか嬉しそうな。そんな表情を見せた後、すぐにその文書を破り捨てた。
「桐生?」
「これから文書が来たら、俺に見せろ」
「え、でも」
「命令だ。前に言ったはずだぜ。・・・・殺すことも、死ぬ事も許さねぇって、な」
「だから、それだとお前が・・・・!」
心の中に渦巻く、謎の感情。
とにかく桐生を守りたくて声を荒げる私を、桐生は静かに宥めた。
それから私の頭をポンポンと撫で、不敵な笑みを浮かべる。
「良いからお前はこれまで通り、俺に飼われておけばいいんだ」
言い方は気に食わないのに、どこか嬉しく感じてしまうのはどうしてなんだろうか。
この感情の意味に気づけない私は、不貞腐れた表情で桐生から顔を逸らした。
「・・・それって、命令?」
「あぁ、命令だ」
「あー、はいはい。わかりましたよー」
「お前な・・・たまには素直に従えないのか?」
「従えないね」
「フッ・・・それでこそ、お前らしいといえばお前らしい、か」
「な、なんだよ・・・!!」
どうして、命令がこんなにも心地よいんだろうか。
(気に食わないはずなのに、どうして、どうして・・・・)
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